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ナレーター 高島由紀子さん 前編

現在、ナレーターとして様々な活動をしている高島さん。実はナレーターになるのは子供の頃からの夢だったそうです。彼女はどのように子供の頃からの夢をかなえたのか。そしてどんな風に今も努力を続けているのかを伺いました。

 

 

【前編】

●子供の頃、ドキュメンタリー番組が好きだったのがきっかけ

 

ロズリン : その節は、アパガードプレミオが殿堂入りになった記念動画のナレーションをしていただき、ありがとうございます。と

ても自然な感じでやっていただき、よかったです。

 

高島 : 気に入っていただき、ありがとうございます。

 

ロズリン : お仕事の肩書の名称は「ナレーター」でいいですか? アナウンサーとか、いろんなお仕事をされているようなので。

 

高島 : はい。アナウンサー出身なのですが、現在は司会、ナレーター、番組アシスタントなど様々な仕事をやらせていただいています。でも、私が子供の頃から一番なりたかったのがナレーターなので、自己紹介の時は、そういわせていただいています。

 

ロズリン : そうなんですね。子どもの頃からなりたかったというのは、どんなきっかけですか?

 

 

高島 : 小学校の頃、NHKスペシャルなどドキュメンタリーを見るのが好きだったんです。あぁいう番組ってナレーションが入りますよね。番組を感動的に盛り上げる。それに感動して、自分もこういう仕事につきたいと思いました。当時は、ナレーターという仕事があるという具体的なことはわかっていませんでしたが。

 

ロズリン : 親御さんや親戚にそういう関係の方はいたんですか?

 

高島 : いいえ。だからなり方とか全然わからなくて。中学校の先生に相談したら、一番近いのはアナウンサーじゃない?といわれ、では、その道にいってみるかと、その時決めました。

 

ロズリン  道というと、具体的な方法があるんですか?

 

高島 : まず女子アナは採用の時、四大卒が条件なので、とりあえず大学には行こうと。

大学2年生の時には、情報収集と受験対策のためにアナウンサー養成の専門学校にも入りました。

 

ロズリン : 専門学校はあるんですね。その学生数は何人くらいですか?

 

高島 : 1クラス30人ぐらいで、それが何クラスかあります。9割が女性で、いろんな学校から集まっているので、楽しかったです。とはいっても競争相手ですけど。

 

ロズリン : こうしてお話していても、高島さんの日本語はとてもきれいですが。学校では発声練習から行ったのですか?

 

高島 : どちらかというと、アナウンサーになるための受験対応がメインで、発声は多少やりましたが、しっかりとした訓練はしませんでしたね。ロズリンさんの日本語こそすばらしいです。英語が母国語の方は、日本語の発音がきれいだと聞いたことがありますが。

 

 

ロズリン : 実は私自身、オーストラリアにいた子供時代、オーストラリア訛りにうちの母はコンプレックスがあったんです。隣にスピーチの先生がたまたま住んでいたので、母が通わせてくれ、きちんとイギリス的な発音をできるようになったんです。もしかしたらそのことで、私は色々な言語を習得できたのかもしれません。

 

高島 : すばらしいですね。

 

ロズリン : 学校からは、何人アナウンサーになれたんですか?

 

高島 : 私をいれて2人です。もう1人の方は日本テレビへ就職しました。

 

ロズリン : やはり厳しい世界ですね。

 

高島 : 主要なキー局を落ちたところで、就職活動をやめる方もいますからね。私はキー局に落ちてもあきらめず、とにかくどこでもいいからアナウンサーになりたいと思っていたので、地方のテレビ局やラジオ局を受け、全国行脚の旅に(笑)。その途上でラジオ福島に受かったので、そこで受験を終えました。

 

●ラジオ局でアナウンス以外、さまざまな仕事を経験

 

ロズリン : ラジオ福島というと、移転することになったんですね。

 

高島 : はい。東京から福島に行きました。地方のラジオ局は、いつも少ししか新人をとらないのですが、この年は5人採用があり、同期はみな社宅にすみ、心強かったです。

知り合いが誰もいない土地でしたが、同期がいることが助かりました。地方局は常に人出不足で、アナウンサーで採用されても、しゃべる仕事だけでなく、ディレクターの仕事から現場、編集作業と放送に関わることはみんな自分でやるので、最初は大変でした。

 

ロズリン : でもそのほうがおもしろかったでしょう。

 

高島 : はい。いろいろなことをさせていただきました。

ニュース番組からマラソンの中継まで。長く番組を担当していたので、地元の名物おばあちゃん、農家や工場勤めの方など、福島のラジオ局でアナウンサーをしていなければ会えなかった様々な方にお会いすることができ、貴重な体験でした。

 

 

ロズリン : ラジオのアナウンサーは、姿が見えないですね。テレビのアナウンサーとは特に違うところはどういうところですか?

 

高島 : テレビ局のアナウンサーは顔を認知されているので、例えば外で飲んでいるときでもみんな気を遣っていますが、私はその点、気楽でした(笑)。

仕事での違いはいろいろありますが、まず圧倒的に違うのは、ラジオは「画」を見せられないこと。そこにあるものを伝える時に、聴取者の方がイメージできるような表現で、自分で説明しないといけないところです。花を伝えるにも、菊だとみなさん知っていても、それがもし葡萄の花であればどんな花だか、説明しないと想像できませんから、一生懸命形を伝えます。そんなところが難しいし、やりがいのあるところでした。

 

ロズリン : そのいろんなお仕事をする中、思い出深いものはなんでしたか?

 

高島 : 福島には、日本一長い桜並木があるんですが、それにちなんだ「桜文大賞」という中高生向けの作文のコンテストがあるんです。その作品を朗読する機会をいただいたのが、とても楽しかったし、私自身の望む仕事に近かったので、やりがいがありました。局のディレクターが、私の希望を知って、番組中の私のコーナーでやらせてくれたんです。

 

 

ロズリン : ストーリー性のある文章は表現がむずかしいでしょうね。

 

高島 : はい。その時、ディレクターさんのオーダーになかなか対応できなくて。思い入れのある文章をきちんと表現できていないんじゃないか、もっとできるんじゃないかと。自分には圧倒的に表現力が足りないとこの時に自覚したんです。とても楽しいお仕事だったから余計にそう感じました。でも、作文を書いた方に朗読のテープをお送りし、とても喜んでいただいたのは良い思い出です。

 

ロズリン : ラジオ福島にはいつまでいらしたの?

 

高島 : 4年間いました。かなり体力的にもきつかったので、無理がでまして。東京に戻ってきました。

 

ロズリン : それから現在までの活動について後半で教えてくださいね。

 

 

【高島由紀子さんプロフィール】

東京都出身。2000年、ラジオ福島にてアナウンサー職で入社。中継やナレーション、インタビュー、一人喋りなど、幅広く活動する。2004年に俳協への転籍をきっかけに、舞台にも出演。2008年よりアクロスエンタテイメント所属し、現在に至る。趣味は、着付け・トレイルランニング・狂言。

 

 



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日本で人生の半分以上を暮らし、動物(特にネコ)と自然、最近はゴルフも愛する、心優しきオーストラリア人。
ワインなら何杯でも?いける口です♪

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