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バイオリニスト 榊 渚さん 前編

JUGEMテーマ:クラシック音楽

 

 

 

東京シンフォニアでの演奏をはじめ、多くのオーケストラと共演するバイオリニスト、榊渚(さかき なぎさ)さん。

彼女がどんな風にバイオリニストになったのか。その道のりと現在の活動について伺いました。

 

 

先生の家のプールで遊びたくて、バイオリンを始めた

 

ロズリン:渚さんのバイオリン、私、本当に好きなんですよ。

東京シンフォニアは、うちの会社がスポンサーになってから、よくコンサートに伺うのですが、渚さんの演奏を聴くと、あなたの嬉しさが伝わって、とても元気になります。

 

榊 :ありがとうございます。

 

ロズリン:どのぐらいの年齢からバイオリンを始めたんですか?

 

榊 :6才です。うちは姉が先にやっていて、私は姉のレッスン先に一緒について行き、先生の家で遊んでいたんです。

で、ある時姉がバイオリンをやめたいと言い出したのですが、実は私はその先生の家をとても気に入っていまして(笑)。

大きな家でプールもあって、よく遊ばせてもらっていたので、行けなくなるのが残念のあまり、「では私が習う」ということになったのです。

 

ロズリン:それは不思議な話。6才もスタートとしては遅いほうですね。

「この子には才能がある」と、周囲はすぐ気付いたんですか?

 

 

 

榊 :その先生はすごく言ってくださいました。

でも小学生の頃は、サッカーや陸上もやっていたので、バイオリンだけでなく、その3つを好き放題にやっていましたね。

 

ロズリン:周りの人たちは、もしも指を怪我したらと、心配しませんでしたか?

 

榊 :あまりなかったです。両親が好きなことをやりなさい、という姿勢でしたから。

でも3つをやっていたので忙しく、あんまり練習しないでレッスンに行ったこともよくありました。

そんな時は、先生が当日風邪をひいて「レッスンがなくならないかなぁ」なんて思っていましたね (笑)。

 

 

ロズリン:いつから、バイオリンを真剣にやろうと思ったんですか?

 

 

榊 :中学の頃です。家族で東京に引越して、サッカーをやめるタイミングがあったことと、コンクールで初めて入賞したことも嬉しくて、バイオリンはいいなぁと。

そしてこのころから将来バイオリニストになりたいという意識も芽生え、高校から音楽を専門に学ぶ、桐朋学園に入ったのです。

 

周囲は音楽家を目指す人ばかりで、とても刺激はあったんですが、どこか窮屈で自分には向いていない気がして、悩みました。

また体を壊したため、休み休み勉強しないといけないこともあり、私の人生でこの時代は、もっとも悩み辛かった時期だったと思います。

 

 

高校を卒業して、ドイツへ

 

ロズリン:その状況からどのように抜けたのですか?

 

榊 :私が悩んでいるのを知っていた方のアドバイスがきっかけでした。

その後師事することになる、ドイツのヴォルフガング・マルシュナー先生の講習会が九州で行われることを教えてくださって。

その方はその先生の伴奏をよくしていたため、私と相性がいいのではと思って勧めてくれたんです。

 

実際、講習会に参加したら、マルシュナー先生は私の演奏をすごく気に入って、「ドイツにいらっしゃい」と誘っていただきました。

そして高校卒業後に、渡欧しました。

 

ロズリン:それはすばらしい。ドイツでは練習三昧でしたか?

 

榊 :もちろんそうですが、先生がご自分にきたコンサートやリサイタルを全部私に回してくださり、演奏会に忙しい日々になりました。

先生は当時70代後半。ご自分ではもう演奏をあまりされなくなっていたので。

 

 

 

ロズリン:よほど渚さんの演奏が気に入ったのですね。言葉は大丈夫でしたか?

 

榊 :高校でドイツ語の授業は受けていましたが、最初はまったくわからなくて。

現地の語学学校で、いろいろな国の方たちと一から学びました。

 

最初は、先生が「これは宿題です」といっても、「宿題」という単語からしてクラスのみんながわからなくて、「ぽか〜ん」としていたほど(笑)。

でも半年ぐらいでなんとなくわかるようになり、学校は終了。それからは練習と演奏にあけくれました。

 

 

ロズリン:あちらにいって、演奏は変わりましたか?

 

榊 :はい。空気や食べ物が違いますし、やはりクラシックの本場ですから、感じることが多く、演奏も変わっていきました。

 

たとえばバッハの音楽を教会でひくと、今までの自分の弾き方とは全く違うようになるんです。

日本ではしっかり力強く弾いていた曲も、向こうの建物の響きに任せて、音の出し方が変わり、それだけでなく、自分の求める音色さえ変わっていきました。

 

先生は私の演奏に対してあまり多くの指摘はせず、「心が温かくなる」とか、「情熱的な演奏だ」と褒めていただくことが多かったと思います。

本当によくしてくださいました。

 

Loh-Orchesterとの公演。

Sondershausen(東ドイツ)にあるAchteckhausにて。

Achteckhaus「8角形の家」という意味で、昔、本物の馬で

メリーゴーランドをしていたと言われる場所

 

 

ロズリン:ドイツで困ったことなどありましたか?

 

榊 :1年で10キロ太ったことです(笑)。

チーズが大好きでたくさん食べたのと、甘いお菓子もたくさん食べて、それを夕食にしていたらあっという間に太り、もとに戻すのが大変でした。

 

ずっとドイツにいたかったんですが、家の事情があって、約5年で帰国したのは残念でしたね。

 

 

ロズリン:日本に帰国してからのお話を、後半で聞かせてください。

 

 

 

榊 渚(さかき なぎさ)プロフィール

 

 6歳よりヴァイオリンを始める。

 桐朋学園女子高等学校音楽科(男女共学)を卒業後、ドイツ・フライブルグへ留学。

ドイツのレーガーコンクールのソロ部門にて優勝するなど、国内外のコンクールで多数入賞。

 

 大阪センチュリー交響楽団を始め、ドイツ・イタリア・ポーランドにて様々なオーケストラとソリストとして共演。

 様々な音楽祭で好評を博す。

 

 2009年に日本での演奏活動も再開。

 クラシックの演奏活動に加え、多くのBGMや放送音楽などのレコーディングやコンサートでソリストやコンサートマスターとして参加するなどの幅広く活動している。

 

 これまでに、梅谷敬子、西和田ゆう、原田幸一郎、アリアーネ・マテウス、ヴォルフガング・マルシュナーの各氏に師事。

 

 

 

 



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日本で人生の半分以上を暮らし、動物(特にネコ)と自然、最近はゴルフも愛する、心優しきオーストラリア人。
ワインなら何杯でも?いける口です♪

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