Interview

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歯科衛生士 片山章子さん 前編

 

大切な歯を守る予防歯科の存在を、もっと多くの方に知ってほしい。

目指すは、削る治療が圧倒的に少なくてすむ歯科医院!

 

片山章子さんは、フリーランスの歯科衛生士。臨床の現場に立ちながら、「予防歯科の普及」をテーマに研修や講演活動に力を注いでいます。そんな片山さんに予防歯科の必要性や歯科衛生士という仕事について語っていただきました。

 

(前編)

 

ひょんな流れで歯科衛生士に

 

ロズリン : 肩書きが「フリーランス歯科衛生士」とのことですが、具体的にはどのような働き方をしていますか?

 

片山 : 歯科衛生士として、週3回は歯科医院に勤めていますが、主な業務は、皆さまの大切な歯をむし歯や歯周病などの疾患から守るためのメインテナンスです。皆さまには、歯科健診と保健指導という言葉の方がイメージなさりやすいかもしれませんね。

一方で、講師として、次世代の歯科衛生士を育てるために、全国各地へ赴き講演や研修活動を行なっています。

 

ロズリン : 歯科衛生士になったきっかけは?もともと歯に興味があったんですか?あるいは歯科医院に縁があったとか?

 

片山 : いいえ、実は興味もご縁もありませんでした。

高校時代に進路を決めるころ、将来について初めて腰を据えて考えましたが、絵を描くことが好きだったので、その道に進めないかと思いました。それで、美術の先生に相談したら、もっと早くから行動していないと、美大を目指すのは無理だと言われたんです。そう言われてすぐに諦めましたが、諦めるということは本気じゃなかったんですね。

 

 

さあ、どうしようかというときに、目的の持てないままで進む大学の道よりも、手に職をつけて働く方が堅実だと思い、専門学校に行くことを考えました。そのキッカケのひとつは、おそらく母の影響です。母は、私が幼少の頃は専業主婦でしたが、外の世界で働くことに強い願望があり、子供たちが成長した頃には自営業を営んでおりました。その頃は、女性が仕事をするための環境が今ほどは整っていない時代だったと記憶しています。そのようななかで、働く母の姿を近くで見ており、それが心に残っていたんでしょうね。

 

 

どのような専門職に就こうか考えていたころに、歯科衛生士の養成校があることを知りました。地元は福井県なんですが、県内に学校ができて間もない頃でした。このときに歯科衛生士という職種があることを初めて知り、好奇心がわいたのを覚えています。人の健康に直接関わりお役に立てる仕事がしたいと、漠然と考えたのですが、実は、看護師という選択肢もあったんです。でも、夜勤が怖くって(笑)。私、かなりの怖がりで、テレビで怖い番組を見ただけで、シャワーも浴びられなくなっちゃうんです。その点、歯科衛生士なら、夜勤がない。それも、歯科衛生士養成校入校を決めた理由ですね。

 

ロズリン : そんなユニークなきっかけで、こんな素晴らしい歯科衛生士が生まれたなんて! 運命ですね。神様に導かれたんですね。 

 

片山 : ですが、学生の頃は、そもそも歯科衛生士という仕事がどのようなものかも分かっておらず、目指すものがボンヤリとしていて、学校ではかなりの落ちこぼれでした。先生にご迷惑ご心配かけてばかりでしたが、本当によく面倒みてくださったな…と。今はもう感謝の思いばかりですね。

 

歯周病患者を任され、プロとして目覚めた

 

ロズリン : いまのお仕事のやり方に行き着くまでの流れは?

 

片山 : 専門学校を卒業し、地元の歯科医院に6年ほど勤めました。そこでの主な仕事は歯科医師の治療アシスタントで、歯科衛生士個人として患者さんを任される場面はありませんでした。これも時代でしょうが、このころは今のように歯科衛生士の専門業務をおこなえる歯科医院は少なかったと思います。

また、携帯電話やPCも普及していない時代ですし、東京とくらべて情報を得る手段や機会がすくないこの頃は、自身の仕事に疑問をもたず、そんなものだと思っていたのでしょうね。歯科衛生士としてのミッションもありませんでしたし。

 

ロズリン : では、その時点ではまだ、仕事が面白い! と思っていたわけではなかったんですね。

 

片山 : そうですね。でも、汗水垂らして一生懸命働き対価をいただくという、そんなあたり前のことですが、社会人としての大事な基本を学べたと思います。

 

ロズリン : では、仕事が面白くなったきっかけは?

 

 

片山 : 結婚を機に上京し、今までとは全く違う環境に身を置き、歯科医師のアシスタント以外の歯科衛生業務をはじめて任されたことです。上京した後に勤めた歯科医院で、歯周病の患者さんの治療に携わりましたが、それまでは治療のついでに行う、いわゆるクリーニングしか経験がなかったので、どうしてよいか分からずに自分の無力さを思い知りました。経験も知識も、専門家としてのスキルがあまりにも足りてないことに気づかされたんです。いまの自分では患者さんに貢献できないと痛感しました。それで、その足りないものを補うための勉強をしなければと思ったんです。

 

ロズリン : どのように勉強したんですか?

 

片山 : 歯科衛生士が集い学ぶスタディグループに所属したり、様々なセミナーに参加したり。その時は、とにかくできるだけ多くの情報と知識を得て技術を身につけたいという気持ちが強く、学ぶテーマを絞らずに機会を見つけてはすぐに出かけていました。セミナー開催などが乏しい今までの環境と違い、あちこちで見聞きする情報は、すべてが新鮮で衝撃的でした。同時に、自分の実力の無さをますます感じさせられました。でも、それがよかった。自身と向き合うことで、歯科衛生士の資格に恥じぬよう貢献するプロ意識がようやく芽生えたのだと思います。

 

ロズリン : ターニングポイントになったのは?

 

片山 : 学びをすすめていくうち、予防歯科に取り組みたいという思いがわいてきました。同じ頃に、スタディグループの定例会があり、たまたまそばに座ったメンバーのひとりにその思いを話したところ、その方は予防歯科に力を入れるため開設したばかりの医院の主任だったのです。しかも、ちょうど常勤の歯科衛生士を探していたタイミングでした。ラッキーなことに、お声をかけていただき、理事長との面接に伺い雇っていただけることになったのです。本当に素晴らしいご縁に恵まれました。

 

 

痛くなる前に歯科医院へ来てもらう難しさ

 

ロズリン : 「予防歯科」とは、具体的にどのようなものですか。

 

片山 : 「予防歯科」は、あらゆるリスクや疾患から歯を守り、お口の健康を管理することです。例えば、むし歯という疾患ですが、穴があいてから削る治療ではなく、穴があく前に予防することが大切です。むし歯も歯周病も、悪化するまでに段階があり、軽度なら適切なケアで予防できるんです。

そのためには、一人ひとり違う疾患のリスクを把握して、その個人のリスクに応じたケアプログラムを立てて実践することが必要なんですね。それが、メインテナンスです。歯を守る予防は、このメインテナンスが土台となります。大切なことは、若いときからメインテナンスを始めて、定期的に受け続けること。私たちは、大切な歯をひと削りもしたくない思いから、全員に生涯メインテナンスを受けてもらいたいと願っています。

 

 

ロズリン : なるほど。多くの人は歯が痛くなって初めて病院に行くと思うんですが、いまのお話を聞いていると、「予防歯科」とは「痛くなる前に病院へ」というものなんですね。

 

片山 : そうなんです。でも、それがなかなか難しいんです。

 

インタビューは後編へと続きます。お楽しみに。

 

 

<片山章子さんプロフィール>

「大切な歯を守る」信念のもと、医療法人社団純厚会 銀座デンタルケアークリニックを中心に様々な歯科医院で予防歯科を実践するフリーランスの歯科衛生士。痛みがでる前に歯科医院へ通う「お口の定期健診」があたり前の習慣になることを願い、女性誌取材や講演会出演で「むし歯も歯周病も適切なケアで予防できること」を発信する。また、予防ケアのスペシャリストである次世代の歯科衛生士を育てるために、専門誌執筆や全国各地へ赴く研修活動にも力を注ぐ。

URL:http://dh-katayama.jp


ケネス・トラファントさん 後編

 

ビデオアーティストを目指して、日本で活動しているケネス・トラファントさん。

アメリカ南部・ニューオーリンズから来日して約10年。生い立ちや母国での活動、日本での夢についてうかがいました。

 

ビデオアーティストとしての夢

 

ロズリン:日本に来た当初は旅行が目的だったんですよね。

 

ケネス:はい。最初は拠点を名古屋にして、日本中を旅しました。

 

ロズリン:その頃、生活費はどのように稼いでいたのですか?

 

ケネス:英語教師です。今も続けています。

ただ日本に来て1年、また1年と滞在がのびていき、東京に住んでみようと思った時から、これはもう単発の仕事ではなく、日本で落ち着いて仕事をしようと思いました。いろいろ考えて、自分が目指したいものはビデオアーティストだとわかりましたし。

 

ロズリンなるほど。それで今の仕事も始めたんですね。

 

 

ケネス:はい。でも当初はなかなか難しかったです。アメリカと違って、人脈もないので、どうしていいかわからなくて。

とはいえ、僕は人と話すのがとても好きなので、いろんな方と交流して、少しずつ仕事が増えてきました。今はミュージシャンの方のムービーが多いです。

ジャズバンドやロックバンド、R&Bなど。なかなか予算が少ないので、仕事としては難しい状況ですが、楽しんでやっています。

 

 

ロズリン:東京シンフォニアのお仕事はどのように探したのですか。

 

ケネス:実は、僕はフリーメイソンに入っているのですが、そのご縁で紹介されました。

 

ロズリン:まぁ。そうなんですか。実は私の父もメンバーなんですが、子供の頃は女性や子供には秘密で話してはいけないことだったのに、最近はとてもオープンで驚いているんですよ。

 

 

ケネス:そうみたいですね。東京シンフォニアのお仕事はとても楽しいのですが、実は僕は指揮者や演奏者のインタビューや観客の感想などもいれたドキュメンタリーを作ってみたいと密かに思っています。

 

ロズリン:それはおもしろそうですね。ぜひ提案してみてください。他にこんな作品を作りたいという希望はあるのですか?

 

ケネス:様々な人にフリースタイルでインタビューをして、自分のYou Tubeで流したいんです。でもただ流すのではお金にならないので、広告主を探さないといけないでしょうね。ゆくゆくはそれをビジネスにしたいと思っているのですが。

 

ロズリン:それもおもしろそうですね。

 

ケネス:でもどこの企業がスポンサーになってくれるか、わからなかったんです。実はいつも突拍子もないことを考え付くので、周囲からビジネスとして現実的ではないと言われてしまって。仕方なくといったらなんですが(笑)、ビジネスとは何かを学びたくて、日本でグロービスのビジネススクールに通い、MBAをとったんです。

 

 

アメリカより日本のほうが自由に動ける

 

ロズリン:有名な学校ですね。授業もきつかったんじゃないですか?

 

ケネス:普通は2年ですが、僕が行ったのは1年コースだったので、週4日1日6時間の授業はけっこうきつかった。でもとてもいい学校でした。ケーススタディから学ぶので、現実的でした。

 

ロズリン:ビデオアーティストになることと、学校で学んだことは結びつきますか?

 

 

ケネス:ビデオアーティストは、夢をかなえるための手段かもしれません。理想は新しい社会を創出するリーダーを育成することなんです。だからそういう可能性のある方をインタビューして、世界中に紹介したい。その方法を、今後探っていこうと思っています。

 

実は学校で知り合った友人で、とても情熱的な人がいます。何かをやりたい人と、そういう人を求めている同士をあわせてチャンスを作りたい。彼は東京にいろいろコネクションをもっているので、一緒にがんばろうと力を合わせているところです。そのためのサイトも準備中なんです。

 

ロズリン:うまくいくといいですね。でもビジネスは日本よりアメリカに戻ったほうが、やりやすいのではないですか?

 

ケネス:逆です。ニューオーリンズは何かやろうと思った時に、なかなかことがうまく進まない土地で、フラストレーションが多いところです。

僕にとっては、日本のほうがビジネスを立ち上げやすく感じます。でも、日本に自由さを感じるのは、外国人だからかもしれません。

 

 

ロズリン:そういうところもあるかもしれませんね。私は組織の中で働いていますが、フリーでやるのはなかなか覚悟のいることです。

他にやりたいことはありますか?

 

ケネス:英語を3か所で教えているのですが、これがとてもやりがいがあるので、今後も続けていきたいです。1つは幼稚園。小さなところですが、とても自由に教えさせてくれます。2つ目は予備校で、これはレベルも高くやりがいがあります。もう1つが文化服装学院です。ここでの授業はけっこう人気があるんですよ。

 

あとこれも夢ですが、自分が撮影するドキュメンタリーや、脚本を書いたドラマに自ら出たいんです。なので役者もやってみようと、いろいろオーディションも受けています。このインタビューを見て、誰か僕を使ってくれないかな(笑)

 

ロズリン:いいご縁があるといいですね。

 

 

ケネス:最後に今動き始めたフィルムとビデオのプロジェクトについて、少し宣伝させてください。ライブイベントを撮影して僕のYou Tubeのアカウント(プロフィール欄参照)で公開中です。

いつもは音楽ライブ中心ですが、近々ファッションショーも撮影する予定です。あと、実は2つの自主映画のショートムービーも撮影しています。

 

ロズリン:うわぁ、素晴らしいですね。

 

ケネス:ゴール(目標)は、日本で、これらの仕事をより成長させることです。もちろん、自分で立ち上げた映像とブログのプロジェクトも進めていきますよ。

 

 

ロズリン:夢に向かって充実した毎日で、ものすごく忙しいと思いますが、お休みの日は何をしてるんですか?

 

ケネス:今は日曜日だけが休みです。基本は妻と一緒に過ごします。彼女が好きな鎌倉や美術館へ行ったり、おいしいものを食べたり。

1人の時は、映画を見たり本を読んだり。あと散策が好きなので、住んでいる高円寺のあたりをよく歩いています。

 

高円寺のお祭りにて、お友達と。

 

 

ロズリン:高円寺は外国の方にとても人気があるんですね。

 

ケネス:そうです。商店街がおもしろい。その前は阿佐ヶ谷に住んでいましたが、あのあたりは阿波踊りなどお祭りも盛んで、地域の人とも交流できるし、最高です。居酒屋も大好きですよ。

 

ロズリン:とても日本にとけこんでいますね。ぜひ夢を叶えてください。

 

ケネス:ありがとうございます!

 

 

<感想>

短いインタビューの中で多くの夢を語ってくださったケネス。

バイタリティーに溢れ、聞いているこちらもワクワクしました。

困難な状況であっても、楽しんで取り組もうという姿勢はとても大切です。

日頃つい忘れてしまいがちですが、今回のインタビューで改めて実感しました。

日本でぜひ夢を叶えてほしいですね。彼の今後の活躍に期待しています!

 

 

<ケネスさんプロフィール>

アメリカ南部・ニューオーリンズで育つ。

ロヨラ大学ニューオーリンズ校芸術学部にて映画学を専攻。

卒業後は地元のテレビ局に勤務し、トークショーや短編ドキュメントなど様々なジャンルの制作に携わる。

来日後の2014年にグロービス経営大学院にてMBAを取得。

以降、東京で活動の幅を広げている。

 

■ケネスさんの作品はこちらから 

URLhttps://www.youtube.com/user/bycommittee

      https://vimeo.com/6644689   

 

 

 


サンギ協賛イベント開催

JUGEMテーマ:イベント情報

 

サンギが協賛するイベントが、この週末開催されます。

 

その一つが、今年で協賛9年目を迎える、将棋イベントです。

日本女子プロ将棋協会主催のアパガード杯で、土曜・日曜と2日間開催されます。

土曜日は「女子アマ団体戦」、日曜日は「キッズ団体戦」となっています。

 

既に参加チーム申込は終了していますが、今年はいずれも24チームが参加し、熱い戦いを繰りひろげます。

15才の藤井聡太四段の活躍もあり、将棋は今注目を集めていますね。

特にキッズ団体戦では、未来の藤井四段目指すキッズ達の戦いが楽しみです!

 

 

  

 

詳細は以下のURLから確認できます。

また大会の模様も掲載される予定ですので、是非ご覧くださいね。

 

■日本女子プロ将棋協会 アパガード杯特設サイト

http://www.joshi-shogi.com/apagard/

 

 

もう1つの協賛イベントが、日曜日に日本では初開催となるライフセーバーの競技大会「ライフセービング・パトロール・コンペティション」です。

ライフセーバーの総合的なライフセービング力を競い、自らの質を高めるための取り組みとして、本場オーストラリアでは行われていますが、今年日本でも開催されることになったんです。

 

 

千葉県南房総の岩井海岸でおこなわれるこの大会には、公募で日本の6チーム(36名)、豪日交流基金の助成を受けオーストラリアから招聘した1チーム(6名)も参加します。

 

そもそもライフセーバーとは、主に海やプールなどで事故を未然に防ぐために活動する方々です。

ライフセーバーはもしもの時に備え、日々救助するための技術習得やトレーニングに励んでいます。

 

 

 

日本におけるライフセービングの活動は、そもそも1980年代にオーストラリアのライフセービング・メソッドが紹介されたことで、その基礎が築かれたそうです。

 

それ以来、日本で行ってきた競技会によってライフセーバーのフィジカル面の向上はみられたものの、救助スキルについては、ライフセービング先進国のレベルには追いついておらず、不十分だったそうです。

 

今回の競技会では、日本で初めて通常の人を海から助ける(陸に戻す)コンペだけでなく、陸に戻してからの救助方法や、救助機材を使った救命、回復のための競技内容も導入されています。

 

オーストラリアでは、フィジカル面の向上に加え、救助や心肺蘇生を的確に出来るかを競うこのコンペティションが、ライフセーバーの救助スキルアップにつながっています。

 

 

日曜日は衆議院選挙、台風の接近など悪天候も予想されますが、当日は私も会場に行く予定ですので、近くにお住まいの方は是非お越しください。

 

台風の状況によっては、開催中止となる可能性もあり、開催可否の情報はこちらで掲載される予定です。

 

■ライフセービング・パトロール・コンペティション

 URL:http://www.lifesaving.jp.net/

 大会開催可否:http://www.lifesaving.jp.net/pages/1316470/compe-info 

 

 

サンギオフィスに、オーストラリアチームが来てくれました!

皆さん、弁護士や看護士など普段は普通にお仕事をしています。

 

 

 

 

 

 


ケネス・トラファントさん 前編

 

ビデオアーティストを目指して、日本で活動しているケネス・トラファントさん。

アメリカ南部・ニューオーリンズから来日して約10年。生い立ちや母国での活動、日本での夢についてうかがいました。

 

音楽が盛んな街、アメリカ・ニューオーリンズでの少年時代

 

ロズリン:今日はインタビューに応じてくださり、ありがとうございます。ケネスとお会いするのは2回目なんですよね。

最初にお見かけしたのは、サンギが協賛している室内オーケストラ「東京シンフォニア」の演奏会。

ケネスが写真を撮影しているところをお見かけして、私も写真を撮っていただきましたが、とてもチャーミングな方だったので、ぜひお話を聞いてみたかったんです。

 

ケネス:ありがとうございます。光栄です。あの時は写真とPR動画を依頼されて撮影していました。

 

ロズリン:そうなんですね。ケネスはカメラマンなのですか?

 

ケネス:ビデオアーティストを目指しています。普段は英語教師の仕事もしながら、ムービーや写真撮影の仕事もしてるんです。アメリカにいた時は、地元のテレビ局に勤めていました。

 

ロズリン:私、ニューオーリンズは1度だけ歯科学会で、行ったことがあります。とても良かったです。ジャズの街ですよね。

 

ケネス:ジャズだけじゃなくて、音楽そのものがとても盛んです。僕の家族もみんな音楽好きでした。

子供の頃、週末に母とレコードショップに行くのが習慣で、買ってきたCDを一緒に聞いたことはすばらしい思い出です。ジャズはもちろん、R&Bやロックなど色々な音楽を楽しみました。教会の聖歌隊にも入ってたんです。

 

ロズリン:そうなんですか。楽器は何か演奏されてましたか?

 

 

ケネス:はい。スクールバンドに入っていて、最初は打楽器で、次にクラリネットやサクソフォンも演奏するようになりました。

アメリカ南部は、学校のマーチングバンドが盛んなんです。教師をしていた母の学校のバンドをよく見に行っていましたが、そのメンバーになった時はとてもうれしかったですね。

ニューオーリンズでは、楽隊のメンバーになることは尊敬されるんです。

 

ロズリン:そういった音楽好きの少年が、どのようにテレビ局でムービーをとるようになったんですか?

 

ケネス:もともとは絵を描いたり、アニメを見るのが好きでした。母は数学の教師で、昔は建築家になりたかったらしく、絵を描くのが好きだった僕を建築家にしようとしたんです。

僕自身もそういう気持ちもあったのですが何せ数学が苦手だったので、あきらめました。そして大学に入った時に、役者になりたいと思い、演劇をやってみたらすごくおもしろくて。

当時のガールフレンドにも、「ぜひやるべき」と言われていたのですが、だんだん物足りなくなってきて、

もっとクリエイティブなことがやりたくなったんです。

そこでムービーに興味が移り地元のテレビ局で仕事することになりました。

作ったビデオがアワードを受賞したこともあったんですよ。

 

 

日本の歴史や文化に魅かれて

 

ロズリン:それは素晴らしい。どんな内容だったんですか?

 

ケネス:2つあります。ひとつは「ダック・カービン」を制作する人を取材したものです。

 

ロズリン:ダックというと、鴨?

 

ケネス:はい。僕が育った地方では、鴨の猟をする時に犬を連れて、鉄砲を持った猟師は地面に鴨の彫刻をおくんです。

それで飛んでいる鴨を油断させ、彼らが地上におりてきたところを撃つという仕組みで、その彫刻職人の動画を撮影したんです。

 

ロズリン:そんなやり方があるんですね。でも、鴨にはかわいそうな話ですね。もう1つは?

 

ケネス:伝統的なカーニバル、マルディグラを取材したものです。

 

ロズリン:カトリックのカーニバルですね?

 

ケネス:はい。ニューオーリンズのマルディグラは、リオのカーニバルと並び称されるほどの大きな祭りなんです。派手なパレードやいろいろな催し物がありまして。このカーニバルが終わると、40日間の節制の期間に入るので、この日はいろんなごちそうを食べるんです。

そのための大きな「キングケーキ」を作るのですが、そのケーキ職人を取材しました。

実はその年は、大きなハリケーンの災害の後でいつもより地味だったし、人口も減ってしまっていたんです。

だからムービーは復興のドキュメントでもあったんです。

 

 

ロズリン:それはとても興味深い題材ですね。そんな素晴らしいお仕事をしていて、なぜ日本に住むようになったんですか?

 

ケネス:妻が大の日本好きで、僕の友人のお母さんが日本人で横浜に住んでいたこともあって、行ってみたいということになったんです。

最初は1年ぐらいかけて回ろうと、拠点を名古屋にしたんですが、とても1年じゃたりなくて(笑)。

2年になり3年になり、どうせなら東京に住んでみたいと思って来てみたら、東京に7年も住んでしまった。

 

ロズリン:トータルすると10年(笑)。日本のどこがそんなに好きになったのですか?

 

ケネス:歴史から音楽、芸術や食べ物までなんでも好きです。そして、人々がお互いに助け合いながら、

物事をなしとげる文化がとても素晴らしいと思います。

 

ロズリン:私も日本が大好きで40年以上住んでいるので、よくわかります。

それでは、来日後のことを後編で教えてください。

 

 

<ケネスさんプロフィール>

アメリカ南部・ニューオーリンズで育つ。

ロヨラ大学ニューオーリンズ校芸術学部にて映画学を専攻。

卒業後は地元のテレビ局に勤務し、トークショーや短編ドキュメントなど様々なジャンルの制作に携わる。

来日後の2014年にグロービス経営大学院にてMBAを取得。

以降、東京で活動の幅を広げている。

ケネスさんの作品は下記から。 

<URL>https://www.youtube.com/user/bycommittee

       https://vimeo.com/6644689   

 

 


イギリス ルーツの旅

皆さんは夏休みをいかがお過ごしでしたか?東京のお盆は雨が多かったそうですね。

毎年母国のオーストラリアへ帰るのが常でしたが、今年は先祖の出身地のイギリスに行ってきました。

 

なぜなら私の従妹の1人(母の妹の長女)が、バドック家(私たちの母側家系)のルーツを十数年前から調べて、まとめた本にしようとしていますが、一度も外国にいったことのない彼女をぜひサポートして、イギリスに連れていきたいと計画をたてたからです。

 

   従妹がまとめた本

 

バドック家は、主に19世紀にイギリスからオーストラリア大陸に移住したいくつかの系統(様々な地方の人々)からなりたっています。

オーストラリアという新天地で、農業や職人よりもっと恵まれた、階級などが問われない、自由な生活環境を求めて移り住んだようです。

 

私たちの祖父はオーストラリアですでに3代目。

この家系図をたどる旅で、従妹がネットや昔の書類などでみた祖先の記録が、はたしてイギリスの地に残っているものかと最初は不安ではありましたが、でもまた期待もあって。

そして結果的には、いろいろとその痕跡を発見することができました!

 

祖先の住んでいた家までは残念ながら具体的な根拠は残っていませんが、彼らが暮らした村、通った教会は、嬉しいことに、今でもほとんど以前のまま存在していました!

 

 

   祖先が暮らした村

 

特に各村の教会は、昔の姿そのまま。教会は当時区役所みたいな役割もあって、子どもが生まれたら洗礼をうけて名前をつけてもらい、結婚して、亡くなってと、信仰の一環として人々の生活に密着していました。

そのおかげで、私たちの祖先の古い記録もちゃんと発見することができたんです。

 

 

   記録が残る教会  

 

 

   何世紀も前から洗礼につかわれてきたフォント

 

   教会の記録を調べる従妹

 

宿泊は主に小さなパブや、B&B(ベット&ブレックファースト)という日本の朝食付民宿みたいなところでした。

地図にも載っていないような小さな村をまわりましたが、ある宿のおばあちゃんとお話しをする機会がありました。

今回の旅の目的を話していると、近くのアシュトンという村にある教会の話に。そこも祖先が暮らした村だったんです!

その偶然を考えると、もしかしたら祖先がよんでいたのかもしれません。

 

たくさんの教会を見つけましたが、お墓が残っているところもいくつかありました。

不謹慎かもしれませんが、祖先のお墓を見つけた時には、思わず嬉しくて飛び上がってしまったことも!(笑)

 

見つけたお墓の一つ(1848年に亡くなった祖先です)

 

本当に行き当たりばったりの旅で、レンタカーを借りて、10日間で約2,000キロ走りました。

当日の宿泊先も決めずにめぐる冒険は本当に楽しかった。高速道路を外れてほとんど田舎道でしたが、普通では発見できないような小さなお店を発見したり、地元の方とのたくさんの触れ合い。

 

日本での慌ただしい日々から離れ、ゆっくりするような旅でもないものの、充分リフレッシュできました!

 

 

黒く記した線が、全2,000キロの行程です!

 

今回、いつも私のブログを読んでくださる皆さんに、英国土産をご用意しました!

英国といえば、アフタヌーンティーを連想する方も多いのでは?英国らしいパッケージの紅茶と、郵便局で見つけそのかわいさに一目惚れした、英国製のぬいぐるみをセットにして3名の方へプレゼントします! 

どのセットが当たるかはお楽しみです♪(笑)

 

 

 

 

この犬、後からわかったのですが、英国のグリーティングカードデザイナーのデイヴィット・ブレイクさんが作ったキャラクターだそうです。

だから郵便局で売られていたんですね。

 

公式WEBサイトもありましたので、興味があれば見てみて!

Boofle公式サイト:http://www.boofle.co.uk/

 

 

■応募はこちらから 

 たくさんのご応募ありがとうございました。

  2017年9月30日17時にて、締切いたしました。

   ご当選者の発表は、発送をもって代えさえていただきます。

  

 応募締切:2017年9月30日17時まで

 

 

 

 

 


RICCI EVERYDAY COO 仲本千津さん 後編

 

アフリカン・プリントの布地に魅せられたRICCI EVERYDAYのCOO仲本千津さん。
ウガンダの女性の雇用を創出するために現地でブランドを立ち上げ、独特なプリントを使用したバッグやトラベルアイテムなどを販売しています。現在は日本の大手百貨店のポップアップストアや自社オンラインストアなどを中心に展開。

後編では、事業を立ち上げる際のエピソードや今後の夢について語っていただきました。

 

 

日本で営業を担当する母との2人3脚

 

ロズリン:ウガンダのプリント生地とテーラーリング文化に目をつけて、どこからビジネスにつなげる行動をおこしましたか?

 

仲  本:当初は洋服を作ることも視野にいれましたが、日本人にはこの原色の大柄なプリントは派手すぎるかもしれないと思いました。

そこでファッションのワンポイントとしてなら取り入れやすいだろうと、バッグを作ることにしたのです。そして実際にバッグを作ってもらうスタッフを確保しようと、現地駐在の方や青年海外協力隊の方に上手なテーラーさんがいないか聞いて回りました。せっかくだから優秀な人を採用したいと思って。事業を興すなら現地の女性の雇用創出に貢献したいと考えていましたが、雇ってみたら3人とも皆シングルマザーで驚きました。

一人はミシンが上手と評判だった女性。もう一人は青年海外協力隊が提供する職業訓練で皮革の縫製を習得した女性、そしてもう一人はテーラーの能力はゼロでしたが、やる気があって、ビジネスセンスのある4人の子供を育てている女性でした。

 

 

ロズリン:ビジネスセンスというと?

 

仲  本:彼女は友人の知り合いでした。夫と離婚した後、何も仕事がなかったので、まず道端でB級グルメのような食べ物を売り、お金をためたんです。そのお金で土地を借りて、キャッサバといった芋などを作り自給自足の生活を始めました。さらに今度は豚を育て、業者に売り始めたんです。豚を一頭売ると、子供の1学期分の学費ぐらいのお金になるそうで、しかも豚は一度に9匹ぐらい生むほど繁殖能力が高い。そこで彼女は豚を育てては売って授業料を払い、また育てては売ってを繰り返し、お金を生み出していました。教育を全く受けていなかった彼女ですが、ここまでうまく回してこれたのは、彼女にビジネスセンスが元来あったからだろうと思ったんです。

 

ロズリン:たくましい人ですね。当初はその3人と仲本さんで始めたんですね。

 

仲  本:はい。私がデザインしたバッグのサンプルを作ることから始めました。作っては直し、また作っては直し、何十個サンプルを作ったか分かりません。納得のいく形のものを模索しながら、とにかく製作する日々が続きました。

一方で、日本で販売してくれる人を探そうと思い、母に「今度こういうビジネスをしたい」という話をして状況を伝えたんです。すると、彼女が日本での販売を引き受けてくれるというんですよ。それまで、アフリカン・プリントで洋服を作ってはLINEで写真を送るなどして、現地のプリントの素晴らしさを伝えてはいたんですが、簡単に引き受けてくれたのにはびっくりしました。母は専業主婦でビジネス経験ゼロだったのですが、4人の子供を育てる中で、PTAの活動などを通じて地元のネットワークを築いたりと、コミュニケーション能力は高い人だなと日頃から感じていました。でもまさか、地元の伊勢丹で総合案内の受付の方にいきなり「このバッグを売りたいのでバイヤーを紹介してください」と営業をかけるとは思いませんでしたが。その受付の方がいい方でバイヤーに繋げてくださり、幸運にも初めてのポップアップストアの開設が決まりました。

 

 

ロズリン:それは行動力があって頼もしいですね。

 

仲  本:はい。でも当初はお店側もそんなに期待してなかったようです。納品数は20個ぐらいでと言われていたんですが、事前に作成したプレスリリースに目をとめた地元のテレビ局が番組内で紹介してくれたことで、初日にあっという間に完売してしまいました。大急ぎで在庫をかき集めるなど、大騒ぎになりました。

 

ロズリン:すごいスタートですね。そこから徐々に取り扱いも増えて、今は数十か所でポップアップストアを開設し、ネット販売もされていますね。異国で起業することはとても勇気が必要だったと思いますが、お金も大変でしょう?

 

仲  本:私はアフリカで自分の力を試してみたかったんです。収入面はなかなか大変ですが、いろいろな経験をさせてもらっている勉強代とも思っています。

 

ロズリン:これまで特に苦労したことは何ですか?

 

仲  本:たとえばウガンダではよく停電があるので、それで生産計画が狂い納品に間に合わないかもしれないという危機に何度か直面しました。また業者によるストライキで材料が手に入らないとか、日本のように予定通りに物事が運ばないことが多々あります。

 

ロズリン:現地の女性を雇って、大変だったことは? ウガンダの働き方などもあるでしょうから、そのあたりはどうですか?

 

仲  本:小さな苦労はありますが、基本的にはそんなに大変と思うことはありません。それに彼女たちは、これまでずっと自分たちのやり方で働いてきたので、いきなり私がそれを変えようとしても難しいと思うんです。例えば、何も連絡せずに遅刻をする人が現れた場合、二度と絶対に遅刻しないでと言ってもそれは難しいわけで。こちらはインフラが弱く雨が降ればすぐに大渋滞になりますし、そういう環境で生活している以上、遅刻をゼロにするというのは不可能に近いです。とはいえ見過ごすわけにはいかないので、例えば事前に連絡することを徹底したり、遅れてきた分、残って仕事をしてもらったりなどして調整しています。でも彼女たちは本当によくやってくれていて、私は心から尊敬しています。ブランドをスタートした当初は私も経済状況が苦しく、バッグ1つにつきいくらという出来高払いでしか彼女たちを雇えず、彼女たちも生活をしていくのは大変だったと思います。でもその時期を共に乗り越えてくれたことに非常に感謝しており、今はきちんと毎月決まった額をお支払いし、彼女たちの生活を支えていこうと考えています。

 

 

ロズリン:バッグを見てもとてもお仕事が丁寧ですよね。ただ、いやな質問になりますが、このビジネスは他の方にすぐに真似されないでしょうか?

 

仲  本:簡単にまねできると思います(笑)。使っている布地はマーケットで誰でも買えますし、バッグのデザイン自体はシンプルですし。でも、たとえ中国などで同じものを大量生産したとしても、私たちのバッグには、ものづくりのSTORYが付加価値となってついてきます。〇〇という人が丁寧に作ったという生産背景があり、ストーリーでは負けない自信があります。そのうち「これはスーザンが作りました」というタグのようなものを作り、より生産者の顔の見えるものづくりを実践していきたいと思っています。

 

アフリカで暮らし、完成された土地だと印象が変わった

 

ロズリン:アフリカで暮らしてビジネスをやってみて、アフリカへの思いは変わりましたか?

 

仲  本:そうですね。アフリカ大陸に来るまでは貧困や紛争というイメージが強かったのですが、それはほんの一部であり、実は美しい景色やエネルギッシュな人々がいる魅力に溢れた場所であるとわかりました。そして昔は自分が貧困のある現状を変えたいという青臭い理想がありましたが、今はほかの国の人たちがいろいろ手を加えなくても、彼らには彼らなりの幸せに生きていくやり方があるのだと思うようになりました。変わるべきは先進国側。いつまでも援助という一辺倒ではなく、より対等に共に成長していく方法があるのではないかと考えています。私の会社でいえば、彼女たちがいなければ、いくら私が仕事をとっても製品は生み出されないですし、逆に私が仕事をとってこなければ彼女たちにはお金は入らない。今は共依存かつ対等な関係になっており、それは私にとって理想的な形と言えます。

 

ロズリン:これからビジネスをどんな風にしていきたいですか?もっと大きな工房を作って、もっといろんな国に販路を広げるとか?

 

 

仲  本:そういうやり方もありますが、それだと今のように一人一人と会話をしながら、きちんと接することができなくなると思うんです。生活や家族のことをざっくばらんに話せて、しかも人間として楽しくつきあえるような、そういう関係性はいつまでも保っていきたいなと。それができるのは、雇用人数が30人ぐらいまでかなと思っています。これまで働く機会を得られず、社会的に疎外されてきた人たち、中でも宝の原石のような才能を持った女性たちを、今後も積極的に雇用していきたいと思っています。それから北部に生産拠点を持ちたいと思っているんです。

 

ロズリン:それはなぜですか? 

 

仲  本:ウガンダ北部は、2006年まで内戦状態にありました。その際、誘拐されて強制的に兵士にさせられた子供たちがたくさんいるんです。彼らは薬や暴力で大人たちに支配され、もとのコミュニティーに戻れないように、親を殺すことを強いられるなど、長い人で10年以上、過酷な環境に置かれ本当にひどい目に遭わされてきました。そういう人が国際援助機関に保護されても、トラウマなどで普通の生活に戻ることはとても難しいんですね。彼らに対して、メンタルケアと職業訓練を提供している日本のNGO団体の施設がウガンダ北部にあり、できたらそこの団体とコラボし、卒業生を雇用できたらと考えています。

 

ロズリン:素晴らしい考えです。今、仲本さんの毎日はどんな感じですか?

 

仲  本:ウガンダと日本と年間を通じて行ったり来たりしています。ウガンダでは、工房だけでなく、バッグはもちろん雑貨などのちょっと気の利いたおみやげを売っているお店も運営しているので、ほぼ毎日両方に顔を出すようにし、スタッフに声がけをしています。生産状況などチェックをしたり、お役所に行って対応したり、ローカルマーケットで生地の仕入れをしたり、幅広い業務に日々追われています。

 

ロズリン:生地は注文ですか?

 

仲  本:いいえ。マーケットにあるものを一定量だけ購入しています。そのため人気があった布をまた買いに行こうと思ってももうなかったり。本当に一期一会なんです。今サイトで売っている同じ柄のバッグがまた出るとは限らないんです。

 

ロズリン:柄がとてもおもしろいですよね。

 

仲  本:はい。このプリント生地自体はウガンダで生産されておらず、主にコンゴやガーナ、ナイジェリアから輸入されています。柄は、幾何学模様や日常のもの、たとえばお魚や果物、ドルマークなど、いろんなものがモチーフになっていて、おもしろいですね。

 

ロズリン:お忙しいと思いますが、休日は何をされてますか?

 

仲  本:実は無趣味なのが私の悩みでして(笑)。休日も仕事をしてしまうことが多いですが、犬と遊んだり、本を読んだり。でも最近乗馬を始めました。ちなみに現地の方は日曜日は教会に家族でいきます。まるでカラオケ大会みたいに盛り上がるんですよ。リードボーカルの方にあわせて、みんなで聖歌を歌って踊るんです。

 

ロズリン:ああそうですか。ぜひ見てみたいです。

 

仲  本:また機会があったらぜひアフリカにいらしてください。

 

 

 

インタビュー感想>

 東北の震災をきっかけに、人生における大きな決断を下し、方向転換をはかった仲本さん。自身の夢を叶えるためとはいえ、現地で単身ビジネスを立ち上げることは非常に困難が多かったのではと思います。

ウガンダのありのままを受け入れ、ご自身も楽しみながら取り組んでいるからこそ、そこに共感する方も多いのでしょう。社会的に疎外された状況の人々を積極的に雇用しようという姿勢も素晴らしいです。今後も母娘二人三脚で、ウガンダと日本を結ぶ懸け橋であり続けてほしいですね!


RICCI EVERYDAY COO 仲本千津さん 前編

 

アフリカン・プリントの布地に魅せられたRICCI EVERYDAYのCOO仲本千津さん。
ウガンダの女性の雇用を創出するために現地でブランドを立ち上げ、独特なプリントを使用したバッグやトラベルアイテムなどを販売しています。現在は日本の大手百貨店のポップアップストアや自社オンラインストアなどを中心に展開。そんな彼女にアフリカに興味を持ったきっかけから、ビジネスを立ち上げた経緯などを、うかがいました。

 

 

アフリカに子供の頃から魅せられていた

 

ロズリン:このバッグ、本当にカラフルでおしゃれですね。とても丈夫そうで、重宝しそうです。

 

仲 本 :ありがとうございます!アフリカン・プリントはダイナミックな原色使いの組み合わせが特徴的で、すごく元気をもらえる気がします。バッグはそのまま手提げとしてもっていただくほか、折たたんでクラッチとしても使えますし、セットの肩紐をつけていただければショルダーや斜め掛けにもなって4パターンで使えるんですよ。

 

ロズリン:それは便利ですね。どのようにして売っていますか?

 

仲 本 :はい。現在ブランドを立ち上げてから2年目ですが、私はウガンダの工房と日本を行ったり来たりする生活を送っているので、日本での販売や営業は母に任せています。自社オンラインストアと共に、徐々に期間限定のポップアップストアでの販売が広がっています。地元・静岡の伊勢丹をはじめ、デパートなど全国数十か所で販売実績があります。

 

ロズリン:会社名の「RICCI」は?

 

仲 本 :(笑)。「RICCI」は、代表をしてくれている母の名前の律枝と私の名前の千津を組み合わせたものなんですよ。


ロズリン:あら、素敵ですね(笑)。今日はお聞きしたいことが山のようにありますが、なぜウガンダ?なぜアフリカで?というところからお聞きします。

 

仲 本 :はい。私は子供の頃、ドキュメンタリーを見たり本を読んだりして、アフリカにとても関心を持ちました。砂漠化や子供たちが飢えや病気で死んでいく。そういうことは今でこそ、アフリカの一部でありすべてではないとわかりますが、当時はそういう状況を少しでも改善できたらと考えたんです。それで東京の大学に進学し、大学院までずっとアフリカの政治を勉強し、開発課題に関係する仕事につきたいと思っていました。

 

ロズリン:すぐそういうお仕事についたのですか?

 

仲 本 :いえ。最初は日本のビジネスパーソンとしての経験を積もうと銀行に入りました。営業で中小企業の経営者などとお話する機会も多く、いい経験になりました。

 

ロズリン:ウガンダは何かきっかけがあって?

 

 

仲 本 :実は3・11の東日本大震災が私の転機となりました。あの日、東京でわずかながら地震を経験し、その後の東北の状況を見て、人生で後悔しないよう、やりたいことを先延ばしにするのはやめようと思いました。そして銀行をやめ、アフリカに関係するNGOへの転職活動を始めたんです。

 

ロズリン:ご両親は賛成でしたか?

 

仲 本 :母は最初から私をサポートしてくれましたが、父親はアフリカに行くことへの心配もあって、銀行をやめるのはもったいないと。私自身、行員時代にアフリカの支店への希望を出していましたが、なかなか叶わなかったんですね。
でも、実際求人を探し始めたら、募集要項に「途上国での経験を2~3年積んでいること」という条件がどのNGOにもあって、これまで現場経験のなかった私は「これじゃ転職できない」とショックを受けていました。
でもある国際農業NGOの東京オフィスで、やる気があって英語ができれば経験はとわないという条件だったところを見つけ、どうにか採用していただきました。

 


とても住みやすそうと思ったウガンダに駐在

 

ロズリン:どんな仕事をしていましたか?

 

仲 本 :東京オフィスに2年半いました。その団体はウガンダやエチオピア、マリ、ナイジェリアの4か国で農業支援をしていたので、その関係で毎月のようにアフリカに出張に出ていました。

 

ロズリン:その中でウガンダの印象はどうでした?

 

仲 本 :あ、意外と住みやすそうって(笑)。私がイメージしていたアフリカとは違い、高層ビルもあり発展していながらも、緑の多い初夏の軽井沢のような気候で、東京よりも住みやすく感じたほどです。訪れたアフリカの国々の中で一番好きになったので、ウガンダへの駐在希望を出し、それが通って2016年の3月まで2年弱、駐在しました。

 

ロズリン:現地ではどんな仕事を?

 

仲 本 :団体は農業支援を行っていますが、私はそういった専門知識はないので、現地の事業マネジメントを中心に行っていました。

 

ロズリン:食べ物はおいしいのですか?

 

仲 本 :はい、とても。炭水化物系が多いですね。お米も食べますが、主食はバナナです。甘くないバナナをふかしてマッシュしたものや、とうもろこしの粉をゆがいておもちのようにしたもの、芋類がよく出てきます。そしてそれらに、ヤギや牛、鶏などの肉をトマトべースのスープで煮込んだものをかけて食べたりしています。

 

ロズリン:おいしそう! 治安や政治的な問題などは、大丈夫ですか?

 

 

仲 本 :ウガンダは1986年から今の大統領が長年政権を担当しているので、ある意味安定しているんです。テロもほとんどないので、基本的なことを守っていれば快適に過ごせます。来てみるまで自分がアフリカに抱いていたイメージのほとんどは間違っていたなと、目が覚める思いでしたね。

 

ロズリン:私は学会で南アフリカのケープタウンに行ったことがありますが、町並がとてもきれいで、快適でしたね。

 

仲 本 :南アフリカは歴史的にヨーロッパの影響を受けていますし、ものすごく発展してますね。

 

ロズリン:ちなみに、仲本さんが現地で起業しようと思ったきっかけとなった、アフリカン・プリントの生地とはどこで出会ったのですか?

 

仲 本 :ローカルマーケットです。私は好奇心旺盛なので、ウガンダに駐在してから、週末にいろいろなところに繰り出していたんです。ローカルマーケットにはカラフルなプリントの布地が天井高く積まれていて。「かわいい!」と思ったものを見せてもらい、気に入った布は買う。それは、まるで自分だけの宝探しのような気分で、本当に楽しくてはまりました。

 

 

ロズリン:なるほど。その布地は洋服用に売っているのですか?

 

仲 本 :主にはそうですね。6ヤード(5.5メートル)や12ヤード(11メール)で売られている布を、必要な分だけカットしてもらいます。ウガンダではテーラーリングの文化がとても発達していて、道端でミシンを踏んでいる多くのテーラーの中から、上手そうな方に頼んで、普段着からドレスまで作ってもらうんです。簡単なデザインだけでなく、雑誌の切り抜きなどを持っていくと、手のこんだデザインのお洋服も上手に作ってくれるんですよ。

 

ロズリン:それはおもしろくて、にぎやかですね。


仲 本 :はい。太陽の光があたると色がより一層映えて、本当にきれいなんです。しかも布地は数千種類!数えきれないほどあるんです。この素敵なプリント生地とウガンダのテーラーリングの文化を利用して、何かビジネスがしたいと思いました。

 

ロズリン:なるほど。後半では、具体的にビジネスのことを教えてください。

 

 

お話は後編へと続きます。お楽しみに。


慶應大学文学部 准教授 河野 礼子さん 後編

 

歯の化石から探る人類の進化という壮大な研究に取り組んでいる、元・国立科学博物館の研究員で、4月からは慶應大学文学部の自然科学分野の教室で教鞭をとる河野礼子さんを迎えての後編です。

 

 

最高に楽しい! 現地調査

 

ロズリン:美容で歯をいじったりすることもあったと聞いていますが、それはどのくらい前からですか?

 

河 野 :目的が美容かどうかはわからないのですが、日本だと、縄文時代で切歯をフォーク状に削っていた例があります。
また、両側の特定の歯をそろって抜いている例もあります。これらは身分や出身をあらわすものとして行っていた可能性も考えられます。

 

ロズリン:その時代の文化や風習を想像すると、興味深いですね。
発掘の現場に参加されることもあるんですか?

 

河 野 :はい。研究を始めてすぐにアフリカに調査に行き、その後中国に行ってギガンドピテクスの発掘調査にも参加しました。
ミヤンマーの古生物学調査を行っているグループにも入れてもらい、今年も2月から3月の数週間ミヤンマーに行きました。

 

ミャンマーの発掘現場

 

調査対象をX線CT装置で撮影し三次元デジタルデータにして分析するという手法のおかげで、本当に「いっしょにやらないか」とよく声がかかるんです。

 

石垣島で見つかった旧石器時代の人骨のデジタル復元を行う調査にも参加させてもらい、いまはそれにかかりきり。デジタル復元だけでなく現地の発掘調査にも参加しました。


ロズリン:現地調査は楽しそうですね!

 

河 野 :はい! 大好きです。
でも、石垣島では、立ち上がれば綺麗な海が見えるんだけど、しゃがんで土を掘っているので、見ているのは地面ばかりという状況なんですが(笑)。

 

 

ロズリン:お仕事では学生の指導をされることもありますか。


河 野 :いままでは博物館での仕事だったので、学生指導はしていませんでした。上野の展示場で来館者に話をする仕事はありましたが。
ただ、この4月から慶應大学の文学部に移り、そこで教養課程の授業を受け持つようになりました。また将来的には考古学専攻の学生の指導に携わる機会もあるかもしれません。


ロズリン:研究は続けていくんですか。

 

河 野 :はい。講義以外の時間には研究もできるので、前期の講義を終えて落ち着いたら、始めようと思っています。

夏季休暇など長い休みには、ぜひ現地調査にも行きたいですね。

 

 

 

業界内では「お!」と驚かれる発見も?

 

ロズリン:歯の研究では、いまはどんなテーマが旬なんですか?

 

河 野 :人類の進化における歯の研究は、業界全体で一段落している感じなんです。歯の大きさもエナメル質の厚さも、人類かそうでないかの明確な指標にはならないということになっていて。

 

これ以上のことは、遺伝子レベルに踏み込まないとわからないのですが、それはいまの時点ではまだそれほど簡単ではないね、と。

 

ロズリン:そうなんですか。素人にはわからないことばかりですね。
長い研究生活の中で、何か大きな発見はありましたか?

 

 

 

河 野 :私がしているのは、何かを見つけるものではないので。あっと世界が驚くような発見というのは、ありませんね。

 

ロズリン:でも変わった歯とか、あるはずのないものがあったとか。

 

河 野 :うーん。何か不思議なものを持ってはいて、調べてみようというのはあるにはあるんですけど、一般の人が驚くようなものではないですね。業界内では、「お!」と思われるかもしれないですが。

 

 

 

きれいな骨なら怖くない

 

ロズリン:歯の研究をしていると、人間の頭蓋骨にも多く触れる機会がありますよね。ちょっと気味悪いと思うことはないですか。

 

河 野 :人にもよるし、慣れもあるけど、私の場合はきれいに骨になってたら怖くないです。

でも時々、毛がピロッとついていることがあって。そんなときは、ちょっとゾッとしますね。

 

あと、歯の治療痕や病気の影響を受けている骨なども苦手です。

要するに、生きている人間だったときのことを彷彿とさせる何かがあると怖い。

 

ロズリン:なるほど。たしかにそうかもしれませんね。

今日は興味深いお話をどうもありがとうございました。

 

 

<インタビュー感想>

 

人の歯に関わる仕事に携わりながら、かたや遥か過去に遡り、人間の進化の過程において、歯にもどのような変化が起こったのか、その謎に迫る研究をされている河野さん。

それに対して歯の修復や再生など、その未来を見つめ、これからの進化に関わる可能性のある研究に取り組むサンギ。

同じ歯でつながりながらも、全く向かう方向が異なりますが、壮大な時の流れを感じるお話は、ロマンがありとても面白かったです。

4月からは大学で授業を受け持っているそうですが、先生の新たな成果も楽しみにしています!

 

 


慶應大学文学部 准教授 河野 礼子さん 前編

 

元・国立科学博物館の研究員で、4月から慶應大学文学部の自然科学分野で教鞭をとっている河野礼子さん。

歯の化石から探る人類の進化という壮大な研究に取り組んでいます。

 

 

何百万年も前の歯が残っている

 

ロズリン:「人類の進化における歯」が研究テーマと聞きました。

 

河 野 :はい。進化の過程で大臼歯の形やエナメル質の厚さが、なぜどのように変わってきたのかについてです。

化石人類や化石類人猿のことを理解するために、現生のヒトや類人猿についても調べてきました。

 

 人の歯の構造

 

 

ロズリン:化石とは興味深いですね! 歯の化石はいちばん古いものでどのくらいですか。何万年、何百万年?

 

河 野 :歯一本だけなら、かなり古くからありますよ。ヒトの歯ということでは、猿人ですが、600〜700万年前のものが出ていますね。

 

動物の歯にまで範囲を広げれば、それこそ恐竜の時代からも出てきています。また、何をもって歯というかという問題もあって、魚の鱗のようなものから歯に進化したというあたりまで遡れば、5億年以上前にもさかのぼれるかもしれません。

 

■類人猿:人類に近く、特殊化が進んだゴリラやチンパンジーなど。
■猿 人:サルに似た人類で、狩りをし、火を使っていた。

 

 

ロズリン:そんなに古いものでも残っているのですね!

 

河 野:歯や骨は、環境が許せばかなり長く残ります。
ただ日本は残りにくいです。というのも、日本には火山が多く、しかもこの火山灰が酸性なんですが、そういう条件下では溶けてしまうので。

 

縄文時代になると貝塚を作るようになり、貝のカルシウムでその辺りの土壌が中和されるので、残りやすくなります。
弥生時代になると貝塚は作らなくなるのですが、土器のお棺を作りその中に埋葬されて残る場合がありますね。

 

 研究室に並んだ、歯の模型

 

 

 

なりゆきで始めた歯の研究

 

ロズリン:この分野に入るきっかけは何だったのですか。

 

河 野 :なりゆきです(笑)。大学では植物学の研究室に進んだんですが、どうも性に合わない。
そんなとき、隣の研究室の先生が「アルディピテクス」という初期の猿人(のちの人類につながるグループ)の研究をしていて、「ネイチャー」という国際的な総合科学雑誌に論文を出しているのを読んで、面白そうだなとミーハー根性で訪ねて行ったんですね。

 

「何かやることありますか」と聞いたら、「アルディピテクスの歯のエナメル質の研究をしてみないか」と言われて。
それまでの研究で、“人類はエナメル質が厚い”と言われていたので、歯を調べることで、アルディピテクスが人類であることをはっきりと示したいと思っていたそうです。
しかし、なかなか時間がとれずにいたところに私が訪ねて行ったので、これ幸いと(笑)。ほら、すごいなりゆきでしょう。

 

 

 

ロズリン:やってみたら、面白かった?

 

河 野 :はい。エナメル質の厚さを測るために、最初はレーザースキャナーで、次はマイクロCTを使ってと、研究方法を探ることにかなり時間がかかりました。いろいろな方法を試して、工夫して。それが性に合ったみたいです。

 

いまは歯の標本をX線CT装置で丸ごと撮影し、三次元デジタルデータとして分析しています。エナメル質と内側の象牙質の境界面の形は、
外からは見えませんが、この装置でどんな形かわかるように再現することができます。

この手法を身に付けたことで、いろいろな研究チームからお声をかけていただき、研究の幅が広がりました。

 

ロズリン:人類のエナメル質が厚いというのは、何と比べているんですか? 他の動物全般?

 

河 野 :類人猿です。チンパンジーやゴリラなどと比べて、厚いんです。
 

 

歯表面を覆うエナメル質のX線CT装置による三次元画像

 

 

ロズリン:犬や猫、馬などと比べると?

 

河 野 :肉食や草食といった食性が異なる動物とは歯の構造が違うので、比較はむずかしいんです。肉食は、尖った歯に薄いエナメル質がついていて、ハサミのように肉を切る。草食は葉っぱの繊維をすりつぶすために、洗濯板みたいに薄いエナメル質が縦に並んでいます。

 


大昔からあったむし歯

 

ロズリン:ところで、むし歯はどのくらい前からあるんですか。大昔はなかったとか、自然界の動物にはない、と聞きますが。

 

河 野 :昔の人にむし歯が少ない理由は大きく2つあります。
一つは、糖分などむし歯になりやすい食べ物を食べないから。
もう一つは、硬いものを食べていて、歯がすり減るのが早いから。
そうすると、むし歯をつくる菌がついて歯が腐蝕を始めてもそこが自然に削れてしまうんです。

 

いまは食生活が変わり歯がなかなかすり減らないので、いったんむし歯菌に取り憑かれると確実にやられてしまいます。
 

 

ロズリン:発見された中で、いちばん古いむし歯は?

 

河 野 :人類の祖先である猿人の化石にもむし歯が見られるという話もあります。

また中国に200〜30万年前までいた、いまは絶滅している「ギガンドピテクス」という大きな類人猿にもありました。何を食べていたかはわからないんですが、すごい大きな歯を持っています。


 

お話は後編へと続きます、お楽しみに。
 

 


日本女子プロ将棋協会 10周年

プロ棋士の佐藤天彦名人が、コンピュータ用将棋ソフトの「PONANZA」に完敗したという、ニュースが報じられました。

ご覧になった方もいたのでは?コンピュータが名人に勝つなんて、これまでは考えられなかったことです。

様々な分野でAIが活用される時代になり、少し今後の不安を感じましたが、人間しかできないこと、人間だからこそできることは、これからも残ると信じたいです。

 

サンギはこれまで、女流棋士がつくった団体「公益社団法人日本女子プロ将棋協会」(略名LPSA)の趣旨に賛同し同協会の開催するイベントに、協賛させていただきました。設立当初からのお付き合いで、なんと今年で10年という節目を迎えられました。

本当におめでとうございます!!

 

日本の伝統文化である将棋は「男性」のイメージが強く、これまで馴染みの薄かった女性達にも広めようと、たとえば子供用の将棋教室や、お茶やお酒を飲みながら楽しく将棋をする“カフェ将棋”などといったような、ユニークなイベントを実施されてきました。

 

ワインを飲みながら将棋を楽しむイベント

 

サンギは、同協会のアマチュア女性の方々が参加する女子アマ団体戦や、子供の参加するキッズ団体戦に協賛しています。嬉しいことに、参加される人数も年々増えています。

 

そして先日、10周年記念パーティに会長と出席させていただきました。

 

 

右から代表理事の中倉宏美さん、私、中倉彰子さん

 

右は日本将棋連盟の会長 佐藤康光氏、中央はサンギ会長

 

協会のマスコットも登場していました

 

 

女流棋士の皆さんは全員お着物、さすが素晴らし着こなしでした!

 

 

サンギ会長もこの10年を振り返り、お祝のスピーチをさせていただきました。

 

 

以前このブログでインタビューさせていただいた、ソムリエ資格もお持ちの船戸女流棋士も綺麗!

 

2020年は東京オリンピック。

海外からのお客様もたくさん訪れることが予想されます。

日本の文化を外国の方々にお伝えするには良い機会!これからもサンギはLPSAの将棋を広める活動を応援していきたいです。

 

 

 



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日本で人生の半分以上を暮らし、動物(特にネコ)と自然、最近はゴルフも愛する、心優しきオーストラリア人。
ワインなら何杯でも?いける口です♪

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