Interview

インタビュー一覧

ヴァイオリニスト 宮陽江さん 前編

 

スイス・ジュネーブを拠点に、国際的に活動するバイオリニスト、宮陽江さん。
子供の頃からバイオリン一筋。思春期の頃も今も、気が付くとクラシックの作曲家のことで頭がいっぱいになっているという筋金いりの音楽家。彼女のバイオリン人生と、音楽への思いを伺った。

 

【前編】
●無意識にバイオリンを弾くジェスチャーをした幼少期


ロズリン : お久しぶりです。前に伺った、サントリーホールでのコンサート、演奏だけでなく、衣装も含めてドラマティックなチャイコフスキーで素晴らしかったです。

 

宮 : ありがとうございます。演奏はもちろんですが、私は衣装も含め、総合芸術としてその公演ごとにテーマを設定し、作り上げていきたいと心がけているので、そこを感じていただけてうれしいです。

 

ロズリン : それは素敵ですね。今日はぜひいろいろなことを聞かせてください。
宮さんは今、スイスのジュネーブに住んでいらっしゃるそうですが、子供の時から海外生活が多かったんですか?

 

宮 : はい。父の仕事の関係で、生まれたのはアメリカ・ニューヨーク州で、一度日本に帰り、パリに6歳までいました。その後は大学卒業まで日本です。

 

ロズリン : バイオリンはいつ始められたの?音楽はご家族の方もやっていたんですか?

 

宮 : はい、母がアマチュアでピアノを弾いていて、祖母はお琴の名手でした。
バイオリンを始めたのは3歳の頃。当時、母は私にバレエや絵画教室などいろいろなものを習わせてくれていたんですね。そんな中、私がティッシュの箱を首にはさんでバイオリンを弾くようなジェスチャーをしたそうで。

「この子、もしかしてバイオリンをやりたいんじゃないかしら」と気付いた母が習わせてくれたんです。それ以来、どの写真をみても、私はバイオリンケースを持っています。

最初から本当に大好きで、なんというか、この楽器を持つのは初めてではないというか、まるで前世で弾いていたかのような、最初からなじんだ感覚だったことを覚えています。

 

 

ロズリン : それはすごいですね。演奏家になろうと思ったのはいつ頃ですか?

 

宮 : ずっと大好きで弾いていたので、自然な流れでしたが、桐朋女子高等学校音楽科に進学したことは大きいかもしれません、周囲もコンクールに出たり、海外に音楽留学する方が多かったです。

 

ロズリン : 桐朋女子高等学校・同大学を卒業した後は海外に出られた?

 

宮 : はい。幼少期をヨーロッパで過ごしたので、また戻りたい気持ちが強かったんです。

相談していた先生がパリ在住だったので「こちらにいらっしゃい」といわれた時はてっきりパリだと思ったら、なんとその先生はスイス・ジュネーブの高等音楽院で教えてらしたんです。でもそんな偶然でしたが、スイスにはとてもご縁を感じています。
当時、私はエルネスト・アンセルメというスイスの指揮者が大好きだったので、「スイスだ。アンセルメの国!」とうれしかったですし、その後、ジュネーブの室内管弦楽団に所属したのですが、スイスのフランス語圏、スイスレマン一帯にはまだアンセルメのカラーが残っていた気がします。なんというか、自然豊かな環境の中で生まれた音楽。たとえばレマン湖の透明感やきらめく光など、そういうところから育まれた音楽はとても美しいんですね。

 

ロズリン : ジュネーブはきれいな街ですね。ヨーロッパの各国にとても行きやすいという利点もありますし。

ソリストになってから、活動もしやすいのでは?

 

宮 : はい。ヨーロッパの国々を訪れることが多いので、確かに便利です。永世中立国だからかはわかりませんが、いろいろな国とバランスがよくて、自分の音楽を作る環境としては、とても居心地がいいんです。


●一夜の公演の音楽づくりはシェフがディナーを作ることに似ている。

 

 

ロズリン : 宮さんは舞台であがったりしますか?

 

宮 : ほとんどあがらないです。思春期の頃に、教えていただいたことを考えすぎて迷ってしまった経験はありますが。今は舞台の上は別世界。立った途端に別次元に入る感じです。クラシック音楽という文化の深さは、人類の歴史そのものだと思っていますので、ある意味、それを奏でることは人間である1つの証明だと私は思ってます。

 

ロズリン : バイオリンという楽器自体も貴重品だと思いますが、音楽自体貴重ですね。
造られてから何世紀もの歴史がある。同じ曲を何回も弾き、その日によってやはり表情が違ってくるものですか?

 

宮 : 公演だと、お客様が違うと返ってくるエネルギーが毎回違いますね。

 

ロズリン : それはたとえばどんな感じですか?

 

宮 : こうでなくてはいけない、ということはないんですが、たとえばスロヴァキアでコンサートを行った時のこと。ほかの西欧の国より比較的、同じ髪や肌の色など、人種的に同じ方たちが集まっていたんですね。スロヴァキアの民族的に共有してきた歴史があるのか、なんとなく、そこにいるだけでまとまっている感があり、そこに音楽のインパクトを加えることで、似たような空気感というか、エナジーみたいなものが伝わってくる感じですね。言葉でいうのは難しいですが。

 

ロズリン : なるほど。演奏は指揮者によっても変わってくるでしょうね。

 

宮 : そうですね。一期一会です。共同作業というか。日本語はおもしろくて、「共演」の「共」は、「競」や「響」でもあり、いろんな字がありますが、「狂演」にだけはならないようにしようと思っています(笑)。
指揮者と演奏者の関係は、たとえるとしたら一つのディナー。こういう新鮮な素材が入ったから、これをどう料理し、お酒は何を組み合わせようとか、シェフがいろいろ献立を考えてできた料理が、その日の音楽。その時の素材をどう活かして最高のものに仕上げるか作ることが醍醐味だと思います。

 

 

ロズリン : うちの会社は東京シンフォニアという弦楽器だけの室内オーケストラのスポンサーをしていて、公演前の合同練習を見学したことがあるのですが、いつも驚くことに、みんなであわせる練習は2日ぐらいしかしないんですね。プロとはいえ、すごいと思います。

 

宮 : かえって緊張感があっていいかもしれないです。練習時間がたっぷりあっても、だれてしまうことがありますからね。

 

ロズリン : なるほど。そういうものなんですね。

 

後編に続きます。

 

 

 

〜宮陽江さんコンサート情報〜

URL:http://www.yoe.jp/topics.html

 

■宮陽江 山口裕子  ヴァイオリンとハープ 響きあう弦〜名小品集〜 

 

[ 札幌公演] 2 0 1 8 年7 月6 日( 金)1 8 :3 0 開場/ 19 : 00 開演
六花亭札幌本店10 F きたこぶしホール


[ 旭川公演] 2 0 1 8 年7 月8 日( 日)1 4 :3 0 開場/ 15 : 00 開演
旭川 島田音楽堂

 

[帯広公演] 2018 年7 月10 日(火)18:00 開場/18:30 開演
とかちプラザ・レインボーホール

 

■宮陽江 バロックへの誘い〜調和と創意の試み〜 vol.1

[東京公演] 2018年7月24日(火)18:30開場/19:00開演
東京オペラシティ B1F リサイタルホール

 

 


NVUS Japan CEO Maneesh Kalraさん 後編

 

ヨガとは人と自然との「融合」。本当のヨガをたくさんの人に広めたい

1994年にカナダから来日。外資系金融会社のビジネスマンとして六本木ヒルズで働き、転勤で香港にも勤務。その後、思うところありインドでヨガを学び、今は東京・六本木のスタジオでヨガを教えているマニーシュさん。そもそもヨガとは何かというところからお話ししていただきました。

 

【後編】

●インド人の両親の影響でヨガに出会った

 

ロズリン : マニーシュさんとヨガとの出会いについて教えてください。

 

マニーシュ : 僕はカナダ生まれで、親が二人ともがインド人。ヨガはインドのものですから、両親の影響で、ヨガにはなじみがありました。でも、小さい頃からずっと様々なスポーツを経験していましたが、ヨガを正式に学んだことは一度もなかった。

ヨガをライフスタイルに取り入れたのは、社会人になってからです。本格的に学んでみたいと思ったのは、けがをしてから。たまたまバドミントンの試合に出ていたとき、転んだわけでもないのにアキレス腱を切ってしまい、しばらく動けなくなったんです。4歳くらいからずっとスポーツをしてきて、体を動かすのはもう生活の一部になっていたので、それがいきなり断たれたのは辛かった。リハビリとしてヨガをもっと取り入れるようにしたかった。はじめてみると、その奥深さにはまり、いろいろ考えるうち、ふと「ヨガを追求してみよう」と思ったんです。

 

 

ロズリン : それで、インドに行かれたんですね。

 

マニーシュ : そうです。インドのマイソール市というヨガマスターたちが沢山いるところで1年くらい学びを深めて、帰ってきてから友だちに教えるようになりました。その後、いろいろなところから声がかかり、ワークショップなども開催しながら、スタジオでも教えるようになり、今に至ります。

 

●体を診断し、その人に合ったプログラムをつくる

 

ロズリン : スタジオでのレッスンはどのように進めるのですか。

 

マニーシュ : 今、スタジオでは2つのクラスを持っています。一つは、90分のよくあるヨガクラス。こちらは全員が同じプログラムで動きます。もう一つは、平日の朝6時半から9時までスタジオを開放し、自分のペースで個人のプログラムをこなしてもらうクラス。僕はその場にいて、質問があれば答えたり、アドバイスをしたりしながら指導をします。

 

ロズリン : さっき見学させていただいたのは、朝練のクラスですね。いろいろな年代の人が好きな時間に入ってきて、それぞれ自分の練習をしていましたね。中によく知っている歯医者さんもいて、びっくりしました。彼女は「この毎朝のヨガは私には欠かせない」と言っていました。ヨガが初めての人は、どんなふうにスタートするのでしょうか。

 

マニーシュ :  はじめに、さっきお話ししたヨガの概念を説明します。それから、体の状態をみます。現代人は、特に都市部に住んでいる人はたいてい運動不足で、座る時間が長い。股関節や肩甲骨の動きが悪い人が多いんです。そこでまずは、体を動かしてもらいながら、どんな体のくせがあるかを見ていきます。

ロズリンさんもいかがですか? ちょっと手を組んでみてください。どちらの手が上にきた? 左手? では、逆に組んでみてください。

 

 

 

ロズリン : あら、すごくやりにくい(笑い)。

マニーシュ : でしょう。体にくせがついてしまうと、こんな簡単なことでも難しいんです。足の組み方も同じ。胡座をかくときに、前にでる足は決まっていると思います。こうした体のくせが体の歪みになるんです。

 座って仕事をしているほとんどの人の腰は後ろに傾いて、そうすると肩が下がり、首が前に突き出る。そうなると肩が凝ります。いくら揉んでも治らない。鍼灸院、マッサージに行っても治らない。体の歪みを直さない限り治らない。この歪みは、呼吸にも関係してきます。首が前に突き出て姿勢が悪くなると、肺が縮こまる。そうすると呼吸が浅くなって、酸素が毛細血管にまで行き渡らない。

 

ロズリン : わあ、怖いですね。本人では気づきにくいです。

 

マニーシュ : ですよね。だから、体の状態を確認して気づかせたうえで、バランスを整えるためにはどんなポーズをとったらいいかプログラムを考えてあげる。

 

ロズリン : 人によってプログラムが違うのですね。

 

マニーシュ : そう。クラスには10代のタイボクシングの選手から、20代のフットボール選手、70代の人、がんを患っている人など、様々な人が参加しているし、それぞれ目指すところも違うから、同じプログラムは無理。その人に合ったプログラムを工夫しています。

 

●毎日、この瞬間が「ヨガ」

ロズリン : マニーシュさんご自身は、ヨガは毎日やっているのですか。

 

マニーシュ : 常にやっています。今この瞬間も、ヨガなんです。

 

ロズリン : そうか。ヨガは「するもの」ではなくて「状態」なんですものね。

 

マニーシュ : 公園で子どもが遊んでいるのを見ていると、ああ、ヨガをしているな、と思いますよ。自分自身を忘れて、夢中になって遊んでいる。子どもはもう自然にヨガをしているんです。

 

ロズリン : その通りですね。私もあらためてヨガをしてみたくなりました。素敵なお話をどうもありがとうございました。

 

【感想】

最近日本でも習い事ランキングの上位にあがるヨガですが、そのルーツやゴールとしているものの奥深さに驚きました!昔と違って世の中が煩雑になっている今、ひとつのことに集中して自分と向き合うことが難しくなってきています。きっと多くの人がヨガを通してを静める時間を求めているんでしょうね。私も改めてヨガをしてみようと思いました。マニーシュさん、レッスン後のお時間をありがとうございました!

 

 

【Profile】マニーシュ・カルラ

カナダの大学にて薬理学を学んだ後、経営学を学びMBAを取得。大学院卒業後は、金融機関に勤務し、アジアや東京でVice Presidentを務める。その後、中小企業を中心に、新規事業の開拓や海外展開、マーケティング、経営計画や危機管理等、多岐にわたる分野におけるコンサルタントとし約20年経験を積む。現在は化粧品や環境テクノロジー、物流、健康等の企業に対して、経営計画や海外マーケット進出のアドバイスをする傍ら、インドの就学児童を増やすことを目的としたチャリティー・Yoga Gives Backの活動をアンバサダーとして支援する。


NVUS Japan CEO Maneesh Kalraさん 前編

 

ヨガとは人と自然との「融合」。本当のヨガをたくさんの人に広めたい

1994年にカナダから来日。外資系金融会社のビジネスマンとして六本木ヒルズで働き、転勤で香港にも勤務。その後、思うところありインドでヨガを学び、今は東京・六本木のスタジオでヨガを教えているマニーシュさん。そもそもヨガとは何かというところからお話ししていただきました。

 

●自分より大きな存在と自分とのつながりに気づくことがヨガ

ロズリン:ヨガは大昔、オーストラリアで母とやっていたことがあります。地域の主婦の集まりに参加していたんです。体を動かしたりするのは楽しかったですね。でも、実はヨガのことはよくわからない。ヨガって、いったい何なのでしょうか?

 

マニーシュ:ヨガはインドから来たもので、サンスクリット語で「融合する」という意味の言葉です。何と何との融合かというと、本当の自分――つまり魂のようなものと、自分より大きな存在。自分より大きな存在というのは、神さまを信じているなら神さま、あるいは自然とか宇宙とか、そういったもの。自分がそこにつながっているということに気づくことがヨガなんです。つながることが目的ではないんです、気づくことが目的なんです。ここが大事。

 

 

ロズリン:すでにつながっているからですね。

 

マニーシュ:そうです。でも、人間は自然から離れたことで、自分がそういう存在だということを忘れてしまっています。

ちなみに、インドの「ナマステ」という言葉は、英語では「ハロー」、日本語では「こんにちは」などと訳されるけれど、直訳すると「私の中にある光はあなたの中の光と同じものです」という意味。すべてのものはつながっているという考え方は、インド古来のものなんです。

 

ロズリン:深いですね。

 

●心と体を落ち着かせるためにポーズや呼吸法がある

マニーシュ:ヨガというと、柔軟性に富んだアクロバティックなポーズや呼吸法、瞑想などのイメージがあるようですが、それらは実は道具に過ぎなくて、本当の目的は「融合」なんです。自分より大きな存在とつながっていることを感じながら、ありのままでそこにいる。そのための修行というか練習が、ヨガのポーズや呼吸法なんです。でも、最近のヨガはダイエットとか美脚とかに目的がずれてしまっている。それがとても残念ですね。

 

ロズリン:ありのままでそこにいる、とはどういうことですか。

 

マニーシュ:ただじっとしているだけでもよいのですが、人間は何もしないで体や心を落ち着けていることができないのです。体はそわそわし始めるし、心にはすぐに雑念が湧いてくる。とくに現代人にとっては難しいですね。少し前の時代だったら、ぼーっと夕日を見ていることもあったと思うのですが、いまはそんな時間があったら、すぐに携帯をいじってしまうでしょう? そこで、ヨガのポーズを利用するんです。ポーズを取ることに集中すると、心から雑念が取り払われる。

 

 

ロズリン:その状態が、ありのままということですね。

 

マニーシュ:そうです。そのうえで呼吸法を利用して、気や生命力を高めます。そうすれば本来、自分が自然に持っている力をもっと伸ばしていくことができます。

 

ロズリン:マントラも使いますか? 

 

マニーシュ:流派にもよりますが、しばしば使いますね。マントラは、日本でいうお経のようなもの。音には、人の心を落ち着かせる力があるのです。

 

ロズリン:ということは、どんな音楽でもいいの?

 

マニーシュ:コンサバティブな人は「本場のマントラでないと」と言うかもしれませんが、個人的には、その人に合っている音楽ならいいと思いますね。実際、ジャズでもどんな音楽でも、聞いていると時間を忘れてしまうということがあるじゃないですか。それはヨガの状態と同じなんですよ。

 

ロズリン:たしかにそうですね!実はヨガは生活ととても密着していたんですね。

 

それでは後編では、ヨガとの出会いや現在のレッスンについてお聞かせください!

 

 

【Profile】マニーシュ・カルラ

カナダの大学にて薬理学を学んだ後、経営学を学びMBAを取得。大学院卒業後は、金融機関に勤務し、アジアや東京でVice Presidentを務める。その後、中小企業を中心に、新規事業の開拓や海外展開、マーケティング、経営計画や危機管理等、多岐にわたる分野におけるコンサルタントとし約20年経験を積む。現在は化粧品や環境テクノロジー、物流、健康等の企業に対して、経営計画や海外マーケット進出のアドバイスをする傍ら、インドの就学児童を増やすことを目的としたチャリティー・Yoga Gives Backの活動をアンバサダーとして支援する。


銭湯ペンキ絵師 田中みずきさん 後編

 

現在日本に3人しかいない銭湯ペンキ絵師の田中みずきさん。銭湯の数が減るとともに、銭湯ペンキ絵師の数も激減。今や、70代・80代のベテラン絵師と、若手の田中さんのみが銭湯の壁のペンキ絵を描き続けている。なぜその仕事についたのか。銭湯のペンキ絵はどのように作るのか? 貴重なお話を伺いました。

 

(後編)

 

●銭湯のペンキ絵は銭湯の定休日一日で仕上げる。

 

ロズリン:銭湯の絵は何時間ぐらいで仕上げるんですか?

 

田中:銭湯がお休みの日で仕上げないといけないので、大体10時間ぐらいで終わるようにがんばっています。お休みの日で終わらないと、銭湯の一日の売り上げが減ってしまいますからね。

 

ロズリン:それは忙しいですね。銭湯の絵は富士山が多いですが、それは銭湯のご主人が希望されるのですか?

 

田中:そうですね、約9割の方が富士山を希望されます。だから、いろんな方角のものを描くようにしています。静岡県側から、山梨県側から。また朝日をあびた明るい富士山などバリエーションも考えます。ご主人が好きなことを組み合わせることも多いですね。故郷の風景とか趣味とか。

 

 

ロズリン:残りの1割はどんな感じですか?

 

田中: 銭湯店主の故郷や地元の風景のほか、趣味が反映されることが多いです。ゴルフの好きな方はゴルフ場とか、ペットのわんちゃんとか。桜のようなお花をいれることもあります。本来、銭湯の絵は季節感を出さないものなんですが、基本的にはご希望に沿ったものを描きます。

 

ロズリン:お任せします!といわれて、好きなものを描くことはありますか?

 

田中:それはほぼないです。銭湯の絵は、自分の個性を出しても、自分の表現をする場ではないと思っていますので、お任せしますといわれても、ご主人にお話しを伺いますね。前にどんな絵があったのか、その銭湯は何をモチーフにしているのか、どんな場所なのか。そこに空間があるというのは、何かそこのコンセプトがあるはずなので、建築やその場の歴史などいろいろリサーチしてご提案します。

いずれにしても、ご主人に事前にイメージを見てもらうため、富士山の時も簡単な構図を事前にお見せするようにしてます。

 

ロズリン:それはいいですね。今はどうやってお仕事がきているのですか?

 

田中:私は電話番号をいれたブログを行っているので、そこで見て電話をくださったり、お仕事をした方からの紹介であったり。ありがたいことに、自分で営業をしたことがないんですよ。

 

ロズリン:それはすごい。絵はもともとある絵の上から塗るんですか?修復をすることもあるのですか?

 

田中:場所によって、絵の傷み具合は違いますが、基本的に修復はやらず、直接上から新しい絵を描きます。

 

ロズリン:行ってみたら、ものすごい素晴らしい絵があることもあるでしょうね。

 

田中:あります。そういう時は本当にもったいないですが、撮影して記録を残してから作業します。銭湯のペンキ絵の場合、湿気が多いし、書いてある場所の材質によっては、2,3年で傷むんです。だからしょうがないんですけどね。自分が描いた絵の上に書き直すのはさっさとやりたいけど、昔の良い絵や描かれた方がなくなっていたりすると、ペンキ絵の宿命とはいえ、本当に残念な気持ちです。

 

 

 

ロズリン:実際にどんな風に銭湯で描くのですか。たとえば洋服は?

 

田中:洋服はいつも作業用の長袖のTシャツとワークパンツです。まず足場を組んで、ペンキが付かないように下にはブルーシートをひき、マスキングテープで間を埋め、ペンキのにおいで酔わないように、窓は全開。そして事前に作っておいた構図にそって、今ある絵の上から描いていきます。

 

ロズリン:前の絵があると難しくないですか?

 

田中:いえ。富士山が多いですが、せっかく描き直すのならば違う絵にしたいので、同じ富士山でも、元の絵にあった位置から場所を変える際、前の絵があったほうがやりやすいです。

とにかくキャンバスが大きいので、近くで描いたら、ちょっと離れて全体を見て、の繰り返しです。一日描き続けるのには、ものすごく体力がいります。途中で血糖値が下がって足がつってきたりするので、飴をたべて血糖値をあげて描き上げます。

 

ロズリン:本当に体力がいりそうですね。ペンキを運ぶのも大変じゃないですか?

 

田中:現在は、夫が便利屋をやっていて現場に同行してくれるので、車で荷物を運んで、足場も組んでくれたりと、とても助かっています。

 

 

●旅館のお風呂、地域おこしなど、ペンキ絵のオファーは広がっている。

 

ロズリン:それはいいですね。今、どのぐらいのペースで描いているのですか?

 

田中: 月に4,5件ですね。最近は銭湯以外にペンキ絵を描く仕事のオファーをいただいています。

 

ロズリン:どんなところに描くのですか?

 

田中:東京オリンピックを見据えて、旅館のお風呂に描いたり、個人のお宅での注文などいろいろです。

 

ロズリン:やってみたいことはありますか?

 

田中:はい。実はお子さんたちと、その地域の銭湯の壁画を一緒に描きたいんです。自分の絵がある銭湯に入るのって、すごくいいんじゃないかと。

 

ロズリン:いい考えですね。楽しそう。

 

田中:過去には、子供たちと板の上に描いた絵を飾ったことはあります。銭湯を日常的に使う人は若い世代には減っていますが、広いお風呂に入る気持ちよさが好きで行く方や、ドラマで見て行ってみたいと思う方も増えているんですよ。また日本各地の銭湯で、地域おこしのために、その土地の風景や、昔壁に描いてあった絵をモチーフにしたりと、ペンキ絵があちこちで復活しているんです。銭湯に注目が集まり、行く方が増えれば銭湯文化も続いていくので、いろんな面で良さを伝えていきたいです。

 

ロズリン:田中さんのお仕事の責任も大きいですね(笑)

銭湯ペンキ絵師のやりがいはどんなところにありますか?

 

田中:描き終わって、ご主人が笑顔で、よくなった!と言ってくださったり、銭湯のお客様たちが、入浴しながら「この絵変わったのね」といいながら、その話でもりあがってくださったりするのを見ると、とてもうれしいです。銭湯の絵って、ご主人からお客様まで、銭湯という場所に関わる全てのかたのものなんだと実感しています。

 

 

 

ロズリン:今でも銭湯に行くことはあるんですか?

 

田中:ありますよ。本来銭湯はリラックスしにいくものですが、私の場合、自分の絵がある場所なら、みんなの反応をうかがってしまいますし、他の方の絵があるところだと、「なるほどこうなっているのか」と観察しているので、一人だけ険しい顔をしているかもしれません(笑)

 

ロズリン:それは大変ですね(笑)。これからも日本の銭湯文化を盛り上げて、銭湯ペンキ絵師も更に増えるように、がんばってくださいね。

 

田中:はい。日本特有のこの文化がこれからもずっと続くようがんばります。

 

 

【感想】

日本で3人しかいないという銭湯ペンキ絵師。そのなかで田中さんは最年少でありながらも、ご自身の銭湯ペンキ絵師としての役割をしっかりと認識し、文化の継承者であるという責任感をひしひしと感じました。私も留学生時代から銭湯にはなじみがあったので、通っていた場所に描かれていた絵を思い出しながらお話を聞いていましたが、ペンキ絵は銭湯に関わっている全ての人のものという一言にはとても共感しました!生活のワンシーンとして、いつまでも思い出の中に残るものですね。

これからも挑戦を続けられる田中さんの今後に期待しています!

 

 

<田中みずきさん>

1983年大阪生まれの東京育ち。明治学院大学で美術史を専攻。在学中の2004年に銭湯ペンキ絵師の中島盛夫さんに弟子入りして修行を始め、2013年に独立。同年、便利屋を営む駒村佳和さんと結婚。現場では、駒村さんに足場を組んでもらうなど2人で協力して仕事をする。現在は銭湯をはじめ、個人宅、店舗や介護施設など全国各地のさまざまな場所でペンキ絵を制作。銭湯の魅力を伝える活動にも力を入れている。ブログ「銭湯ペンキ絵師見習い日記」http://mizu111.blog40.fc2.com/blog-entry-649.htmlを逐次更新中。

 


銭湯ペンキ絵師 田中みずきさん 前編

 

現在日本に3人しかいない銭湯ペンキ絵師の田中みずきさん。銭湯の数が減るとともに、銭湯ペンキ絵師の数も激減。今や、70代・80代のベテラン絵師と、若手の田中さんのみが銭湯の壁のペンキ絵を描き続けている。なぜその仕事についたのか。銭湯のペンキ絵はどのように作るのか? 貴重なお話を伺いました。

 

 

●銭湯の壁のペンキ絵に魅せられて

 

ロズリン : 銭湯ペンキ絵師とは、とても珍しい職業ですね。

 

田中 : はい。現在、日本で専門的に銭湯の壁に絵を描いているのは私を含めて3人です。

 

ロズリン : そんなに少ないんですか。それは貴重な職業についていますね。

実は私、銭湯大好きなんです。だから、今日はお逢いできるのがすごくうれしくて。

 

田中 : こちらこそうれしいです。銭湯の壁のペンキ絵は、明治、大正の頃、絵の横に広告を入れることから始まったそうで、昔は歯みがき剤の広告はとても多かったと聞いています。だから、今日は私もご縁を感じています。

 

ロズリン : 確かにそうです。

私は若い頃、留学生として日本に来て、アパートで独り暮らしを始めた時、お風呂がなかったので、同じアパートの留学生が近くの先頭に連れて行ってくれたんです。最初は、銭湯の前でおじけづいて、入れなかったのですが、通りかかった地元のおばさんが「どうしたの?」と聞いてくれて。彼が「彼女初めて来たので、恥ずかしがってるみたいなんです」といったら、おばさんは「あら!私と一緒にどうぞ」といってくれたんですね。一度入ってみたら、すごく気に入って、それから大好きになったんですよ。夜遅くに行くと、商店街の奥様たちが仕事を終えて集まり、いろんな話をして、背中を流し合って。彼女たちの楽しい時間がこれから始まるという雰囲気が楽しくてね。私も一緒に話をしましたが、そういう銭湯の文化みたいなものがすごく好きです。

 

 

田中 : 銭湯だけで会える人というのもいるんですよね。名前も何も知らないけど、同じ時間に来るので「今日は寒いね」とか、軽い会話はする。そういう少し不思議な関係が生まれる場所でもありますね。

 

ロズリン : 外国の友人が日本に来た時は、温泉をお勧めしますが、時間のない時は、銭湯に連れていくんです。みんなやはり最初は戸惑って「私はいい」というんですが、入ると気持ちよくて、好きになっちゃうんですよね。田中さんは、小さい頃から銭湯に行っていたんですか?

 

田中 : いえ、実は幼い頃は行ったことがなくて。大学の時に、あることがきっかけで銭湯に興味を持って行ったのが最初です。

 

ロズリン : そうなんですか。そのきっかけとは?

 

田中 : 大学で美術史を専攻していて、何を卒論のテーマにしようかと考えた時、横尾忠則さんや福田美蘭さん、束芋さんといった好きなアーティストが、いずれも銭湯をモチーフにした作品を作っていたんです。

それで行ってみたら、はまってしまって。それまで私はインタラクティブアートという、現代美術が好きだったんですね。それは見る側からの働きかけがあることによって完成する作品です。初めて銭湯にいった時に、お風呂から湯気がもくもくと上がっていて、それが壁画の富士山に描かれている雲と重なって。大きな湯船につかり、ほかのお客さんと絵を眺めながら、ゆらゆら揺れるお湯に身を任せていると、なんだかその絵の中に、自分がはいっていくような不思議な感覚がありました。その感覚がおもしろくて、銭湯の壁画を見ることにはまったんです。都内の有名なペンキ絵がある昔ながらの銭湯を回り、カメラで記録もさせていただくようになりました。

 

ひだまりの泉 萩の湯(台東区)玄関前襖

 

●この文化をなくしたくなくて、師匠に頼み込んで弟子入りした

 

ロズリン : 銭湯の絵の撮影は、営業時間中は自分も裸だし、大変そうですね。

 

田中 : はい。何回か通って事情を話して営業前に撮影させていただくことが多かったです。閉店してしまう店は撮影を断られてしまうことも多かったのですが、粘り強く通って、なんとか資料に残すことができました。

 

ロズリン : それはよかった。美術館に残す絵と違って、銭湯の壁画は閉店すると、こわしてしまいますものね。 そもそも絵は子供の頃からお好きだったのですか?

 

田中 : はい。小さなころから大好きで、美術部にも入っていたし、美術館に行くのも大好きでした。美大に行こうとデッサン教室にも通ったのですが、結局美大には行かず、大学では美術史を学びました。

 

ロズリン : でも後悔してないでしょ? 絵は自分でも描けるけど、研究はなかなか一人ではできないですものね。

 

田中  はい。教授から、美術史として論ずるためにどんな視点や文献があるか、また調べ方などを教えていただき、とても貴重な経験をしたと思います。

 

ロズリン : 銭湯ペンキ絵師になることを決めたのは?

 

田中 : 銭湯のペンキ絵のおもしろさにはまってから、銭湯の数が減るとともに、絵師の数もとても減っていることがわかったんです。当時も3名しか日本にいなかったんですね。銭湯自体、1960年代には東京だけで2600軒以上あったのに、現在は700軒以下になるほど減ってしまっていて。それで、この文化をなくしたくない思いが募り、ベテラン絵師の中島盛夫さんに学生時代から弟子入りしたんです。

 

 

ロズリン : どのぐらいの期間弟子入りでしたんですか?

 

田中 : 約8年ですね。

 

ロズリン : 師匠は弟子がきて喜んだのでは?

 

田中 : いや、やっかいな奴がきたと迷惑だったんじゃないでしょうか最初は断られたんですが、何度もお願いにあがり、食べていけるかわからないから、就職もすることを条件にようやく受けていただきました。それで、一度企業に就職をして、土日だけ師匠について修行したのですが、体を壊しまして。そこで会社をやめ、バイトしながら修行しました。

 

ロズリン : どのように学んでいったのですか??

 

 

田中 : 師匠は見て技を盗め、というスタンスの方だったので、とにかく師匠を見て、動き方を覚えるところから始めました。大きな壁に描くには、どこから手をつければいいのか、さっぱりわかりませんので。時間配分は、師匠の動きを見て覚えようとしましたが、これが難しかった。いろんな現場を経験することで慣れるしかないんですね。最初のうちは、単色で塗れる空を描いていき、次に雲を描かせて頂きます。その後、遠くに見える松だけとかちっちゃい部分を描かせてもらい、それを師匠がまた直して下さるという感じで、試しに全部描かせてもらうようになったのはようやく7年目でしたね。

 

ロズリン : 大変ですね。そこで独立したわけですね。

 

 

引き続き、後編でお話お聞かせください!

 

 


クリエイティブディレクター エミ・シェマーさん 後編

アイデアパーソンとして仕事に生きる日々

 

 

ロズリン : 今は、具体的にはどんなお仕事を?

 

エミ : 簡単に言えば、クリエイティブディレクターですね。たとえば、時計を作っている会社と組んで、新しいコンセプトの時計をプロデュースしたり。最近は、工務店と組んで、住宅の新しい売り方を考えています。例えば、車を買うときに試乗するでしょう? 同じように住宅もテストドライブしたらどうか? と。実際に住んでみて、設計に生かしていく「体験設計」のアイデアを形にしようとしています。

 

 

ロズリン : 面白いですね! 

 

エミ : なんでも「経験」って大事だと思っていて。アパガードもそう。自分が使ってみて「いい」と思ったからこそ、自信を持ってwebサイトで紹介できたんです。

 

ロズリン : 新しいアイデアはどんなときに湧いてきますか。

 

エミ : お風呂に入っているとき、歯をみがいているときなどに「あ!」という感じが多いですかね。

 

ロズリン : お仕事が好きなんですね。飽きてしまうことはない?

 

 

エミ : ないですね。クリエイティブの仕事は人ありき。同じ商品の紹介でも、10代向けとワーキングウーマン向けではアプローチの方法が全然違いますし、退屈に感じたことはありません。

 

ロズリン : たしかにクリエイティブワークは刺激的ですよね。では、ルーティンワークは苦手?

 

エミ : そうでもないですよ。けっこう早起きなので、朝起きたらヘルシーな朝ごはんを食べ、運動をして、会社に行って、と同じことの繰り返しでも「さあ、やりましょう!」と。

 

 

自然、温泉、わびさび。日本の文化が大好き!

 

 

ロズリン : 忙しそうですね。睡眠はしっかりとれていますか。

 

エミ : 必ず6〜7時間は寝るようにしています。でないと、こういったエネルギッシュな生活は無理。遊びの時間や友だちとの時間を削って、睡眠時間にあてています。

 

ロズリン : オフは何をしていますか。

 

エミ : おいしいものを食べに行ったり、買い物をしたり。あとは、自然が大好きなので、時間があれば水上温泉とか南房総、御宿などに行って、散歩したり海で泳いだりしています。自然の中だと落ち着くのは、カナダのルーツかな。たまに東京から出てリフレッシュしていますね。

 

ロズリン : 温泉は好きなんですか。

 

エミ : 大好き! 

 

ロズリン : 私も大好き。オーストラリアには温泉がないので、最初は人といっしょにお風呂に入るのには抵抗がありました。でも、慣れてしまえば全然!学生時代は銭湯に通っていましたし。オーストラリア人の友だちが遊びに来たときに連れて行ったら「恥ずかしくて入れない」なんて言っていたけれど。

 

 

エミ : 慣れていないとね。でも、私は大丈夫です。

 

ロズリン : 温泉のほかに、日本の文化で好きなものはありますか。

 

エミ : わびさびの文化が好きです。派手ではなく、着物の裏地にちらっと鮮やかな色味が見えるような、そういった美の扱い方がとてもいい。花も、どんとゴージャスに活けるのではなく、一輪をシンプルに魅せるとか。お料理にしても、見た目をとても大事にしている。アートもフードも人を喜ばせることを考えているなと感心しますね。

 

ロズリン : 今後、これまでにやったことのないことでやりたいことはありますか。本を書くのはどう?

 

エミ : 本、書けたら嬉しいですね。チャンスがあればやりたいです。女性のインスピレーションやモチベーションの本。実は母が作家だったんです。

 

ロズリン : それならばぜひチャレンジして欲しいです。

 

エミ : はい! 頑張ります。今は会社に所属していますが、いずれ完全に独立して、いろんなことに挑戦していきたい。35歳くらいまでに次のキャリアステージに行きたいですね。

 

ロズリン : 応援しています。

 

 

<感想>

とてもイキイキとご自身のキャリアについてお話くださったEMIさん。最初は苦労もされたようですが、ビジネスセンスとアイデアを発揮しながら日本で活躍される姿に、私もパワーをもらいました!

今後は独立し、クリエイティブディレクターの他に出版などにも挑戦してみたいとのこと。EMIさんのますますの活躍を応援しています!

 

 

 

【プロフィール】

Emi Schemmer

カナダ・トロント生まれ。父はドイツ人、母は日本人。カナダでグラフィックデザインやマーケティングの分野でフリーランスとして仕事をした後、23歳で渡日。東京で仕事を始める。現在、クリエイティブディレクター及びビジュアルスタイリストとして、ファッション業界を中心に活躍中。


出張お土産企画

東京での久々の大雪!交通網もかなり影響が出て、サンギも早めに帰宅するようにしました。

皆さんは大丈夫だったでしょうか。

私はなんとか足を滑らしながらも、駅からの坂道を上って家にたどりつくことができました。

 

2014年2月にも、同じように東京でかなりの積雪があったそうですが、普段積もることは稀なため、やはり雪に対する対策は難しいですね。

 

その直前に、真夏のオーストラリアから日本に帰国して、すぐに1週間ほどタイとシンガポールへ出張していましたが、真冬の日本に戻って、めまぐるしく季節をまたいで移動しています(笑)。

 

 

今回は経済産業省主催の日本の商品を紹介する展示会への参加や、それぞれの国でサンギの研究に携わっていただいている大学の先生との面談など、いつものように忙しく過ごし、あっという間の旅程でした。

 

 タイのお寺、コンケーンの「ワット・ノン・ワン」 (Khon Kaen / Wat Nong Wang) 

 

 

 

中心部から少し外れた場所にあった、小さな古いお寺も素敵でした。

 

で。。。 おまたせしました!

 

今回の出張でも、このブログ読者の方々を忘れずに、お土産をゲットしてきました!

タイで購入した、そのお土産とは、、、、、、、

 

 

 

タイシルクとわら編みを使用した、シックなティッシューBOXです!

 

 

4名様分ご用意しました。どの柄が届くかはお楽しみに。

 

このプレゼント応募は、1月31日(水)17時迄です。

ご応募がまだでしたら、ぜひこちらから!

 

たくさんのご応募お待ちしております。

ブログへのご意見やメッセージもお願いしますね。

 

 

 


クリエイティブデイレクター エミ・シェマーさん 前編

「日本文化の美の扱い方が大好き!」なクリエイティブディレクターが語る仕事と夢

 

 

カナダから単身日本へ! 現在、広告代理店に籍を置きながら、フリーランスとしても活躍するエミ・シェマーさん。自身のwebサイト上にアパガードの商品を紹介したことが縁で今回、対談が実現しました。

 

母のルーツを知るために、単身日本へ

 

ロズリン : webサイトでアパガードの商品を載せていただき、どうもありがとうございます!「うちの商品が紹介されている」と聞いてサイトを拝見したら、実に的確に説明くださり嬉しかったです。それで、ぜひお会いしたくて、今日はこちらに来ていただきました。

 

 

エミ : ありがとうございます。何か良いものを見つけたら必ず友達に知らせて、シェアしたいです。

 

ロズリン : エミさんは、日本人じゃなくて?生まれはどこですか?

 

エミ : カナダのトロントです。母は日本人でしたが、10年前、母事故で亡くなったのです。そのことで自分のルーツを知りたくなって、スーツケース2つだけを抱えて日本に来ました。私の父がカナダに住みながらドイツ人。

 

ロズリン : 日本語が上手ですね。

 

エミ : 日本語は、日本に来てから覚えました。でも、私は長女なので、小さいころ母は私に日本語で話しかけていたみたい。最初の言葉は日本語だったそうです。きっと頭の中には日本語が残っていたんでしょうね。

 

 

ロズリン : 日本には度々来ていたんですか。

 

エミ : はい。祖父が名古屋、親戚が岐阜の田舎に住んでいるので、そこを訪ねて、年に1〜2回は日本に来ていました。

 

ロズリン : ご両親は日本で知り合ったんですか。

 

エミ : いいえ、トロントで。そのとき、母はまだ25歳。一人でバックパッカーしながら、アメリカやカナダを回っていたんです。旅の途中で父と出会い、そこで恋に落ちた(笑い)。母が日本に帰ってからも、インターネットがない時代なのでエアメールでラブレターをやりとりし、お付き合いをして、半年後には父が日本に来て母の両親に挨拶。その後、父はしばらくの間スリランカで働くことになったので、スリランカで結婚しました。

 

 

ロズリン : まあ、ロマンチックですね。エミさんは、結婚は?

 

エミ : まだなんです。

 

ロズリン : じゃあ、これからの出会いが楽しみですね。

 

エミ : そうなんです。でも両親のストーリーがロマンチックすぎて、理想が高くなってしまって(笑い)。

 

 

日本で働き始めるも最初は「ドアがクローズ」

 

ロズリン : 日本に来てから、どんなふうにお仕事を始めたんですか。

 

エミ : 23歳で日本に来て、まず東京にウイークリーマンションを借りました。カナダでは、大学時代から始めたビジネスでフリーランスとして成功していたので、日本でも絶対にうまくいくと思ってた。

 

ロズリン : 大学時代から! どんなビジネスを?

 

エミ : グラフィックデザインやマーケティングです。

 

ロズリン : へえ、すごい。

 

エミ : カナダではクライアントもついていたし、経験もたくさんあったのに、日本ではそれが通用しなかった。名前もコネも何もないから、営業に回っても毎回、毎回、ドアがクローズ。

 

 

ロズリン : 大変でしたね。

 

エミ : そのうちに友だちの紹介で、ファッション関係の会社に入り、そこで何年か勤め、すごくいい経験になりました。おかげでハイファッションの世界にツテができて、その後の仕事につながりました。

 

ロズリン : しばらく勤めてから独立したんですね。

 

エミ : そうです。自分でクライアントと契約を結んで仕事を始めましたが、また別のファッションブランドの会社にスカウトされて、そこにもしばらく勤めました。勤めている間にもフリーランスで仕事をしたりと、わりと自由な働き方をさせてもらっていたので、いろいろなチャレンジをしながら今に至っている感じです。

 

後編へ続きます。

 

【プロフィール】

Emi Schemmer

カナダ・トロント生まれ。父はドイツ人、母は日本人。カナダでグラフィックデザインやマーケティングの分野でフリーランスとして仕事をした後、23歳で渡日。東京で仕事を始める。現在、クリエイティブディレクター及びビジュアルスタイリストとして、ファッション業界を中心に活躍中。

 

【アパガードをご紹介いただきました!】

https://savvytokyo.com/hamigaki-art-beautiful-smile/


今年もよろしくお願い致します

2018年 戌(いぬ)年、新年明けましておめでとうございます!

「いぬ」と言えば、サンギの商品、子ども用歯みがきの「アパキッズ」が思い浮かびます。

 

 

アパガードアパキッズ」が、なぜいぬのイラストがデザインになっているのかと言うと、

売り上げの一部が盲導犬総合支援センターを通じ補助権育成及び、障がい者の社会参加の支援活動に役立てられます。

 

 

年末年始はいかがでしたか?

 

日本はお正月を家族で迎える習慣があるので、実家に帰省される方が多いと思います。

でも長いお休みが取れるチャンスと、アクティブに旅行に出かけた方もいらしたのでは?

 

 

私は例年通り、オーストラリアで、心もリフレッシュしてきました!

ゴルフはもちろん何回もやりましたが、今回は郊外にある従兄弟の牧場へ。

 

 

その従兄弟は馬も犬猫も飼っていますが、何頭もの羊もアルパカも飼育しています。

 

運よく、真夏になる前の羊の毛刈りする時期となっていたので、それを見ることができました。

羊は通常1年に1回は毛を刈る必要があります。

オーストラリアは真夏で40度ごえ。羊も毛を刈ってもらいスッキリ気持ちよさそうでした。

 

 

 

 

昨年は酉年の年女で、私自身とても良い1年となりました。

今年もまたパワフルに頑張りましょう!

さっそく今週金曜日から、タイとシンガポールへ出張に行ってきます。

 

昨年、プライベートで訪れたロンドンでお土産を購入し、このブログでプレゼントしました。

(イギリスの紅茶とぬいぐるみです。)

初の試みで、皆さんが喜んでくれるか不安でしたが、たくさんのご応募をいただき、本当に嬉しかったです。

特に応募の際に寄せられた多くのメッセージがあたたかく、ブログを通じて皆さんとつながっていることを改めて感じました。

 

今年もどこかで何か手に入れることができたら、プレゼント企画をしたいと思います!

 

ロズリンの部屋をひきつづきお楽しみいただけたら嬉しく思います。

本年もどうぞよろしくお願い致します。

 

 

 

 

 


良い年末をお過ごしください

クリスマスも終わり、2017年もあと数日。

皆さんにとっては、どんな年でしたか。

おかげさまでサンギは、今年も素晴らしい一年を終えることができそうです。

 

●8月1日「歯が命の日」前後で実施した様々なイベント

今年の「歯が命アワード」は、輝いて活躍されている女優の河北麻友子さんが受賞しました。

シンポジウムやキッズイベントなど、健康で美しい歯の大切さを改めて考えていただく機会として、来年も引き続き様々な計画をしていますので、お楽しみに。

 

 

 

歯が命の日特設サイトは、http://hagainochi.com/

 今年のイベントがご覧いただけます。

 

 

●またTVの取材をきっかけに、多くの反響もいただきました

TBSの経済バラエティ番組「がっちりマンデー」。

10月15日に放送されたのですが、ご覧いただけましたか?

 

“あの会社は今?”という企画で、お声掛けいただきました。

「芸能人は歯が命」のTVCMで一世を風靡したアパガードの、その後を取材ということでした。

 

 サンギ社員で、”がっちり” ポーズ

 

30分の番組で3社が紹介され、サンギの分はわずか10分くらいでしたが、放送当日のサンギWEBサイトへのアクセスやその後の売れ行きは、まさに “がっちり!効果” でした(笑)。

 

「ただ白くなるイメージしかなかったけれど、歯を修復することを初めて知った」

「NASAの技術だったなんて。もっとそのことを伝えた方がいい」

「昔使っていて、番組で見て思い出し、また購入しました!」などなど、多くのコメントをいただき、嬉しいことでした。

 

 

●海外においては、以前のロシアやカナダなどにくわわり、今年タイ王国に進出し、海外展開はこれで6カ国となりました

そして何と、ヨーロッパへの進出のため、いよいよサンギはドイツに子会社を設立する準備を進めています。

来年もまた新たな地域への進出が予定されており、サンギ独自のむし歯予防成分「薬用ハイドロキシアパタイト」配合歯みがき剤を、さらに多くの方々にお届けできるよう、挑戦が続きます。

 

 初進出国のロシアで展開する「アパデント」の店頭写真

 

 

●また研究開発の面でも

「がっちりマンデー」でも紹介しましたが、歯や骨の主成分「ハイドロキシアパタイト」を歯に吹き付け、表面に新しいエナメル質層を瞬時に形成する技術を進めています。

この開発プロジェクトが、製品化に向けて大きく前進した年でした。

新たな歯科治療として貢献できるこの研究は、がっちりマンデーの取材後、一日も早くこの治療を受けたいと望む声や、専門家からも多くの問い合わせがありました。

 

 

●そして何と、先日ご報告しました、アパガードプレミオとスモーキンの「@cosmeベストコスメアワード2017」でのダブル受賞

ものづくりに真剣に取り組み、より良いものを皆さんにお届けしたいという考えのもと、日々努めてきたことを認めていただけたようで、とても嬉しい結果でした。

 

ダブル受賞ご報告のブログは→ こちら

 

 

●また春になりますが、サンギの研究開発から生まれた新たな商品をご紹介する予定です

ぜひご期待ください!

そして来年も引き続き、様々な分野で輝いて活躍されている方のインタビュー、新商品やイベント情報など、皆さんに楽しい話題をお届けしていきたいと思います。

 

このブログが公開される頃には、例年通り一足お先にお休みをいただき、オーストラリアで過ごしています(笑)。 

 

皆さんも、良い年末・年始をお過ごしください。

来年も元気にお会いしましょう♪

 

 

 

 

 

 

 



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日本で人生の半分以上を暮らし、動物(特にネコ)と自然、最近はゴルフも愛する、心優しきオーストラリア人。
ワインなら何杯でも?いける口です♪

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