Interview

インタビュー一覧

イギリス ルーツの旅

皆さんは夏休みをいかがお過ごしでしたか?東京のお盆は雨が多かったそうですね。

毎年母国のオーストラリアへ帰るのが常でしたが、今年は先祖の出身地のイギリスに行ってきました。

 

なぜなら私の従妹の1人(母の妹の長女)が、バドック家(私たちの母側家系)のルーツを十数年前から調べて、まとめた本にしようとしていますが、一度も外国にいったことのない彼女をぜひサポートして、イギリスに連れていきたいと計画をたてたからです。

 

   従妹がまとめた本

 

バドック家は、主に19世紀にイギリスからオーストラリア大陸に移住したいくつかの系統(様々な地方の人々)からなりたっています。

オーストラリアという新天地で、農業や職人よりもっと恵まれた、階級などが問われない、自由な生活環境を求めて移り住んだようです。

 

私たちの祖父はオーストラリアですでに3代目。

この家系図をたどる旅で、従妹がネットや昔の書類などでみた祖先の記録が、はたしてイギリスの地に残っているものかと最初は不安ではありましたが、でもまた期待もあって。

そして結果的には、いろいろとその痕跡を発見することができました!

 

祖先の住んでいた家までは残念ながら具体的な根拠は残っていませんが、彼らが暮らした村、通った教会は、嬉しいことに、今でもほとんど以前のまま存在していました!

 

 

   祖先が暮らした村

 

特に各村の教会は、昔の姿そのまま。教会は当時区役所みたいな役割もあって、子どもが生まれたら洗礼をうけて名前をつけてもらい、結婚して、亡くなってと、信仰の一環として人々の生活に密着していました。

そのおかげで、私たちの祖先の古い記録もちゃんと発見することができたんです。

 

 

   記録が残る教会  

 

 

   何世紀も前から洗礼につかわれてきたフォント

 

   教会の記録を調べる従妹

 

宿泊は主に小さなパブや、B&B(ベット&ブレックファースト)という日本の朝食付民宿みたいなところでした。

地図にも載っていないような小さな村をまわりましたが、ある宿のおばあちゃんとお話しをする機会がありました。

今回の旅の目的を話していると、近くのアシュトンという村にある教会の話に。そこも祖先が暮らした村だったんです!

その偶然を考えると、もしかしたら祖先がよんでいたのかもしれません。

 

たくさんの教会を見つけましたが、お墓が残っているところもいくつかありました。

不謹慎かもしれませんが、祖先のお墓を見つけた時には、思わず嬉しくて飛び上がってしまったことも!(笑)

 

見つけたお墓の一つ(1848年に亡くなった祖先です)

 

本当に行き当たりばったりの旅で、レンタカーを借りて、10日間で約2,000キロ走りました。

当日の宿泊先も決めずにめぐる冒険は本当に楽しかった。高速道路を外れてほとんど田舎道でしたが、普通では発見できないような小さなお店を発見したり、地元の方とのたくさんの触れ合い。

 

日本での慌ただしい日々から離れ、ゆっくりするような旅でもないものの、充分リフレッシュできました!

 

 

黒く記した線が、全2,000キロの行程です!

 

今回、いつも私のブログを読んでくださる皆さんに、英国土産をご用意しました!

英国といえば、アフタヌーンティーを連想する方も多いのでは?英国らしいパッケージの紅茶と、郵便局で見つけそのかわいさに一目惚れした、英国製のぬいぐるみをセットにして3名の方へプレゼントします! 

どのセットが当たるかはお楽しみです♪(笑)

 

 

 

 

この犬、後からわかったのですが、英国のグリーティングカードデザイナーのデイヴィット・ブレイクさんが作ったキャラクターだそうです。

だから郵便局で売られていたんですね。

 

公式WEBサイトもありましたので、興味があれば見てみて!

Boofle公式サイト:http://www.boofle.co.uk/

 

 

■応募はこちらから →プレゼント応募ページ

  

 応募締切:2017年9月30日17時まで

 

 

 

 


RICCI EVERYDAY COO 仲本千津さん 後編

 

アフリカン・プリントの布地に魅せられたRICCI EVERYDAYのCOO仲本千津さん。
ウガンダの女性の雇用を創出するために現地でブランドを立ち上げ、独特なプリントを使用したバッグやトラベルアイテムなどを販売しています。現在は日本の大手百貨店のポップアップストアや自社オンラインストアなどを中心に展開。

後編では、事業を立ち上げる際のエピソードや今後の夢について語っていただきました。

 

 

日本で営業を担当する母との2人3脚

 

ロズリン:ウガンダのプリント生地とテーラーリング文化に目をつけて、どこからビジネスにつなげる行動をおこしましたか?

 

仲  本:当初は洋服を作ることも視野にいれましたが、日本人にはこの原色の大柄なプリントは派手すぎるかもしれないと思いました。

そこでファッションのワンポイントとしてなら取り入れやすいだろうと、バッグを作ることにしたのです。そして実際にバッグを作ってもらうスタッフを確保しようと、現地駐在の方や青年海外協力隊の方に上手なテーラーさんがいないか聞いて回りました。せっかくだから優秀な人を採用したいと思って。事業を興すなら現地の女性の雇用創出に貢献したいと考えていましたが、雇ってみたら3人とも皆シングルマザーで驚きました。

一人はミシンが上手と評判だった女性。もう一人は青年海外協力隊が提供する職業訓練で皮革の縫製を習得した女性、そしてもう一人はテーラーの能力はゼロでしたが、やる気があって、ビジネスセンスのある4人の子供を育てている女性でした。

 

 

ロズリン:ビジネスセンスというと?

 

仲  本:彼女は友人の知り合いでした。夫と離婚した後、何も仕事がなかったので、まず道端でB級グルメのような食べ物を売り、お金をためたんです。そのお金で土地を借りて、キャッサバといった芋などを作り自給自足の生活を始めました。さらに今度は豚を育て、業者に売り始めたんです。豚を一頭売ると、子供の1学期分の学費ぐらいのお金になるそうで、しかも豚は一度に9匹ぐらい生むほど繁殖能力が高い。そこで彼女は豚を育てては売って授業料を払い、また育てては売ってを繰り返し、お金を生み出していました。教育を全く受けていなかった彼女ですが、ここまでうまく回してこれたのは、彼女にビジネスセンスが元来あったからだろうと思ったんです。

 

ロズリン:たくましい人ですね。当初はその3人と仲本さんで始めたんですね。

 

仲  本:はい。私がデザインしたバッグのサンプルを作ることから始めました。作っては直し、また作っては直し、何十個サンプルを作ったか分かりません。納得のいく形のものを模索しながら、とにかく製作する日々が続きました。

一方で、日本で販売してくれる人を探そうと思い、母に「今度こういうビジネスをしたい」という話をして状況を伝えたんです。すると、彼女が日本での販売を引き受けてくれるというんですよ。それまで、アフリカン・プリントで洋服を作ってはLINEで写真を送るなどして、現地のプリントの素晴らしさを伝えてはいたんですが、簡単に引き受けてくれたのにはびっくりしました。母は専業主婦でビジネス経験ゼロだったのですが、4人の子供を育てる中で、PTAの活動などを通じて地元のネットワークを築いたりと、コミュニケーション能力は高い人だなと日頃から感じていました。でもまさか、地元の伊勢丹で総合案内の受付の方にいきなり「このバッグを売りたいのでバイヤーを紹介してください」と営業をかけるとは思いませんでしたが。その受付の方がいい方でバイヤーに繋げてくださり、幸運にも初めてのポップアップストアの開設が決まりました。

 

 

ロズリン:それは行動力があって頼もしいですね。

 

仲  本:はい。でも当初はお店側もそんなに期待してなかったようです。納品数は20個ぐらいでと言われていたんですが、事前に作成したプレスリリースに目をとめた地元のテレビ局が番組内で紹介してくれたことで、初日にあっという間に完売してしまいました。大急ぎで在庫をかき集めるなど、大騒ぎになりました。

 

ロズリン:すごいスタートですね。そこから徐々に取り扱いも増えて、今は数十か所でポップアップストアを開設し、ネット販売もされていますね。異国で起業することはとても勇気が必要だったと思いますが、お金も大変でしょう?

 

仲  本:私はアフリカで自分の力を試してみたかったんです。収入面はなかなか大変ですが、いろいろな経験をさせてもらっている勉強代とも思っています。

 

ロズリン:これまで特に苦労したことは何ですか?

 

仲  本:たとえばウガンダではよく停電があるので、それで生産計画が狂い納品に間に合わないかもしれないという危機に何度か直面しました。また業者によるストライキで材料が手に入らないとか、日本のように予定通りに物事が運ばないことが多々あります。

 

ロズリン:現地の女性を雇って、大変だったことは? ウガンダの働き方などもあるでしょうから、そのあたりはどうですか?

 

仲  本:小さな苦労はありますが、基本的にはそんなに大変と思うことはありません。それに彼女たちは、これまでずっと自分たちのやり方で働いてきたので、いきなり私がそれを変えようとしても難しいと思うんです。例えば、何も連絡せずに遅刻をする人が現れた場合、二度と絶対に遅刻しないでと言ってもそれは難しいわけで。こちらはインフラが弱く雨が降ればすぐに大渋滞になりますし、そういう環境で生活している以上、遅刻をゼロにするというのは不可能に近いです。とはいえ見過ごすわけにはいかないので、例えば事前に連絡することを徹底したり、遅れてきた分、残って仕事をしてもらったりなどして調整しています。でも彼女たちは本当によくやってくれていて、私は心から尊敬しています。ブランドをスタートした当初は私も経済状況が苦しく、バッグ1つにつきいくらという出来高払いでしか彼女たちを雇えず、彼女たちも生活をしていくのは大変だったと思います。でもその時期を共に乗り越えてくれたことに非常に感謝しており、今はきちんと毎月決まった額をお支払いし、彼女たちの生活を支えていこうと考えています。

 

 

ロズリン:バッグを見てもとてもお仕事が丁寧ですよね。ただ、いやな質問になりますが、このビジネスは他の方にすぐに真似されないでしょうか?

 

仲  本:簡単にまねできると思います(笑)。使っている布地はマーケットで誰でも買えますし、バッグのデザイン自体はシンプルですし。でも、たとえ中国などで同じものを大量生産したとしても、私たちのバッグには、ものづくりのSTORYが付加価値となってついてきます。〇〇という人が丁寧に作ったという生産背景があり、ストーリーでは負けない自信があります。そのうち「これはスーザンが作りました」というタグのようなものを作り、より生産者の顔の見えるものづくりを実践していきたいと思っています。

 

アフリカで暮らし、完成された土地だと印象が変わった

 

ロズリン:アフリカで暮らしてビジネスをやってみて、アフリカへの思いは変わりましたか?

 

仲  本:そうですね。アフリカ大陸に来るまでは貧困や紛争というイメージが強かったのですが、それはほんの一部であり、実は美しい景色やエネルギッシュな人々がいる魅力に溢れた場所であるとわかりました。そして昔は自分が貧困のある現状を変えたいという青臭い理想がありましたが、今はほかの国の人たちがいろいろ手を加えなくても、彼らには彼らなりの幸せに生きていくやり方があるのだと思うようになりました。変わるべきは先進国側。いつまでも援助という一辺倒ではなく、より対等に共に成長していく方法があるのではないかと考えています。私の会社でいえば、彼女たちがいなければ、いくら私が仕事をとっても製品は生み出されないですし、逆に私が仕事をとってこなければ彼女たちにはお金は入らない。今は共依存かつ対等な関係になっており、それは私にとって理想的な形と言えます。

 

ロズリン:これからビジネスをどんな風にしていきたいですか?もっと大きな工房を作って、もっといろんな国に販路を広げるとか?

 

 

仲  本:そういうやり方もありますが、それだと今のように一人一人と会話をしながら、きちんと接することができなくなると思うんです。生活や家族のことをざっくばらんに話せて、しかも人間として楽しくつきあえるような、そういう関係性はいつまでも保っていきたいなと。それができるのは、雇用人数が30人ぐらいまでかなと思っています。これまで働く機会を得られず、社会的に疎外されてきた人たち、中でも宝の原石のような才能を持った女性たちを、今後も積極的に雇用していきたいと思っています。それから北部に生産拠点を持ちたいと思っているんです。

 

ロズリン:それはなぜですか? 

 

仲  本:ウガンダ北部は、2006年まで内戦状態にありました。その際、誘拐されて強制的に兵士にさせられた子供たちがたくさんいるんです。彼らは薬や暴力で大人たちに支配され、もとのコミュニティーに戻れないように、親を殺すことを強いられるなど、長い人で10年以上、過酷な環境に置かれ本当にひどい目に遭わされてきました。そういう人が国際援助機関に保護されても、トラウマなどで普通の生活に戻ることはとても難しいんですね。彼らに対して、メンタルケアと職業訓練を提供している日本のNGO団体の施設がウガンダ北部にあり、できたらそこの団体とコラボし、卒業生を雇用できたらと考えています。

 

ロズリン:素晴らしい考えです。今、仲本さんの毎日はどんな感じですか?

 

仲  本:ウガンダと日本と年間を通じて行ったり来たりしています。ウガンダでは、工房だけでなく、バッグはもちろん雑貨などのちょっと気の利いたおみやげを売っているお店も運営しているので、ほぼ毎日両方に顔を出すようにし、スタッフに声がけをしています。生産状況などチェックをしたり、お役所に行って対応したり、ローカルマーケットで生地の仕入れをしたり、幅広い業務に日々追われています。

 

ロズリン:生地は注文ですか?

 

仲  本:いいえ。マーケットにあるものを一定量だけ購入しています。そのため人気があった布をまた買いに行こうと思ってももうなかったり。本当に一期一会なんです。今サイトで売っている同じ柄のバッグがまた出るとは限らないんです。

 

ロズリン:柄がとてもおもしろいですよね。

 

仲  本:はい。このプリント生地自体はウガンダで生産されておらず、主にコンゴやガーナ、ナイジェリアから輸入されています。柄は、幾何学模様や日常のもの、たとえばお魚や果物、ドルマークなど、いろんなものがモチーフになっていて、おもしろいですね。

 

ロズリン:お忙しいと思いますが、休日は何をされてますか?

 

仲  本:実は無趣味なのが私の悩みでして(笑)。休日も仕事をしてしまうことが多いですが、犬と遊んだり、本を読んだり。でも最近乗馬を始めました。ちなみに現地の方は日曜日は教会に家族でいきます。まるでカラオケ大会みたいに盛り上がるんですよ。リードボーカルの方にあわせて、みんなで聖歌を歌って踊るんです。

 

ロズリン:ああそうですか。ぜひ見てみたいです。

 

仲  本:また機会があったらぜひアフリカにいらしてください。

 

 

 

インタビュー感想>

 東北の震災をきっかけに、人生における大きな決断を下し、方向転換をはかった仲本さん。自身の夢を叶えるためとはいえ、現地で単身ビジネスを立ち上げることは非常に困難が多かったのではと思います。

ウガンダのありのままを受け入れ、ご自身も楽しみながら取り組んでいるからこそ、そこに共感する方も多いのでしょう。社会的に疎外された状況の人々を積極的に雇用しようという姿勢も素晴らしいです。今後も母娘二人三脚で、ウガンダと日本を結ぶ懸け橋であり続けてほしいですね!


RICCI EVERYDAY COO 仲本千津さん 前編

 

アフリカン・プリントの布地に魅せられたRICCI EVERYDAYのCOO仲本千津さん。
ウガンダの女性の雇用を創出するために現地でブランドを立ち上げ、独特なプリントを使用したバッグやトラベルアイテムなどを販売しています。現在は日本の大手百貨店のポップアップストアや自社オンラインストアなどを中心に展開。そんな彼女にアフリカに興味を持ったきっかけから、ビジネスを立ち上げた経緯などを、うかがいました。

 

 

アフリカに子供の頃から魅せられていた

 

ロズリン:このバッグ、本当にカラフルでおしゃれですね。とても丈夫そうで、重宝しそうです。

 

仲 本 :ありがとうございます!アフリカン・プリントはダイナミックな原色使いの組み合わせが特徴的で、すごく元気をもらえる気がします。バッグはそのまま手提げとしてもっていただくほか、折たたんでクラッチとしても使えますし、セットの肩紐をつけていただければショルダーや斜め掛けにもなって4パターンで使えるんですよ。

 

ロズリン:それは便利ですね。どのようにして売っていますか?

 

仲 本 :はい。現在ブランドを立ち上げてから2年目ですが、私はウガンダの工房と日本を行ったり来たりする生活を送っているので、日本での販売や営業は母に任せています。自社オンラインストアと共に、徐々に期間限定のポップアップストアでの販売が広がっています。地元・静岡の伊勢丹をはじめ、デパートなど全国数十か所で販売実績があります。

 

ロズリン:会社名の「RICCI」は?

 

仲 本 :(笑)。「RICCI」は、代表をしてくれている母の名前の律枝と私の名前の千津を組み合わせたものなんですよ。


ロズリン:あら、素敵ですね(笑)。今日はお聞きしたいことが山のようにありますが、なぜウガンダ?なぜアフリカで?というところからお聞きします。

 

仲 本 :はい。私は子供の頃、ドキュメンタリーを見たり本を読んだりして、アフリカにとても関心を持ちました。砂漠化や子供たちが飢えや病気で死んでいく。そういうことは今でこそ、アフリカの一部でありすべてではないとわかりますが、当時はそういう状況を少しでも改善できたらと考えたんです。それで東京の大学に進学し、大学院までずっとアフリカの政治を勉強し、開発課題に関係する仕事につきたいと思っていました。

 

ロズリン:すぐそういうお仕事についたのですか?

 

仲 本 :いえ。最初は日本のビジネスパーソンとしての経験を積もうと銀行に入りました。営業で中小企業の経営者などとお話する機会も多く、いい経験になりました。

 

ロズリン:ウガンダは何かきっかけがあって?

 

 

仲 本 :実は3・11の東日本大震災が私の転機となりました。あの日、東京でわずかながら地震を経験し、その後の東北の状況を見て、人生で後悔しないよう、やりたいことを先延ばしにするのはやめようと思いました。そして銀行をやめ、アフリカに関係するNGOへの転職活動を始めたんです。

 

ロズリン:ご両親は賛成でしたか?

 

仲 本 :母は最初から私をサポートしてくれましたが、父親はアフリカに行くことへの心配もあって、銀行をやめるのはもったいないと。私自身、行員時代にアフリカの支店への希望を出していましたが、なかなか叶わなかったんですね。
でも、実際求人を探し始めたら、募集要項に「途上国での経験を2~3年積んでいること」という条件がどのNGOにもあって、これまで現場経験のなかった私は「これじゃ転職できない」とショックを受けていました。
でもある国際農業NGOの東京オフィスで、やる気があって英語ができれば経験はとわないという条件だったところを見つけ、どうにか採用していただきました。

 


とても住みやすそうと思ったウガンダに駐在

 

ロズリン:どんな仕事をしていましたか?

 

仲 本 :東京オフィスに2年半いました。その団体はウガンダやエチオピア、マリ、ナイジェリアの4か国で農業支援をしていたので、その関係で毎月のようにアフリカに出張に出ていました。

 

ロズリン:その中でウガンダの印象はどうでした?

 

仲 本 :あ、意外と住みやすそうって(笑)。私がイメージしていたアフリカとは違い、高層ビルもあり発展していながらも、緑の多い初夏の軽井沢のような気候で、東京よりも住みやすく感じたほどです。訪れたアフリカの国々の中で一番好きになったので、ウガンダへの駐在希望を出し、それが通って2016年の3月まで2年弱、駐在しました。

 

ロズリン:現地ではどんな仕事を?

 

仲 本 :団体は農業支援を行っていますが、私はそういった専門知識はないので、現地の事業マネジメントを中心に行っていました。

 

ロズリン:食べ物はおいしいのですか?

 

仲 本 :はい、とても。炭水化物系が多いですね。お米も食べますが、主食はバナナです。甘くないバナナをふかしてマッシュしたものや、とうもろこしの粉をゆがいておもちのようにしたもの、芋類がよく出てきます。そしてそれらに、ヤギや牛、鶏などの肉をトマトべースのスープで煮込んだものをかけて食べたりしています。

 

ロズリン:おいしそう! 治安や政治的な問題などは、大丈夫ですか?

 

 

仲 本 :ウガンダは1986年から今の大統領が長年政権を担当しているので、ある意味安定しているんです。テロもほとんどないので、基本的なことを守っていれば快適に過ごせます。来てみるまで自分がアフリカに抱いていたイメージのほとんどは間違っていたなと、目が覚める思いでしたね。

 

ロズリン:私は学会で南アフリカのケープタウンに行ったことがありますが、町並がとてもきれいで、快適でしたね。

 

仲 本 :南アフリカは歴史的にヨーロッパの影響を受けていますし、ものすごく発展してますね。

 

ロズリン:ちなみに、仲本さんが現地で起業しようと思ったきっかけとなった、アフリカン・プリントの生地とはどこで出会ったのですか?

 

仲 本 :ローカルマーケットです。私は好奇心旺盛なので、ウガンダに駐在してから、週末にいろいろなところに繰り出していたんです。ローカルマーケットにはカラフルなプリントの布地が天井高く積まれていて。「かわいい!」と思ったものを見せてもらい、気に入った布は買う。それは、まるで自分だけの宝探しのような気分で、本当に楽しくてはまりました。

 

 

ロズリン:なるほど。その布地は洋服用に売っているのですか?

 

仲 本 :主にはそうですね。6ヤード(5.5メートル)や12ヤード(11メール)で売られている布を、必要な分だけカットしてもらいます。ウガンダではテーラーリングの文化がとても発達していて、道端でミシンを踏んでいる多くのテーラーの中から、上手そうな方に頼んで、普段着からドレスまで作ってもらうんです。簡単なデザインだけでなく、雑誌の切り抜きなどを持っていくと、手のこんだデザインのお洋服も上手に作ってくれるんですよ。

 

ロズリン:それはおもしろくて、にぎやかですね。


仲 本 :はい。太陽の光があたると色がより一層映えて、本当にきれいなんです。しかも布地は数千種類!数えきれないほどあるんです。この素敵なプリント生地とウガンダのテーラーリングの文化を利用して、何かビジネスがしたいと思いました。

 

ロズリン:なるほど。後半では、具体的にビジネスのことを教えてください。

 

 

お話は後編へと続きます。お楽しみに。


慶應大学文学部 准教授 河野 礼子さん 後編

 

歯の化石から探る人類の進化という壮大な研究に取り組んでいる、元・国立科学博物館の研究員で、4月からは慶應大学文学部の自然科学分野の教室で教鞭をとる河野礼子さんを迎えての後編です。

 

 

最高に楽しい! 現地調査

 

ロズリン:美容で歯をいじったりすることもあったと聞いていますが、それはどのくらい前からですか?

 

河 野 :目的が美容かどうかはわからないのですが、日本だと、縄文時代で切歯をフォーク状に削っていた例があります。
また、両側の特定の歯をそろって抜いている例もあります。これらは身分や出身をあらわすものとして行っていた可能性も考えられます。

 

ロズリン:その時代の文化や風習を想像すると、興味深いですね。
発掘の現場に参加されることもあるんですか?

 

河 野 :はい。研究を始めてすぐにアフリカに調査に行き、その後中国に行ってギガンドピテクスの発掘調査にも参加しました。
ミヤンマーの古生物学調査を行っているグループにも入れてもらい、今年も2月から3月の数週間ミヤンマーに行きました。

 

ミャンマーの発掘現場

 

調査対象をX線CT装置で撮影し三次元デジタルデータにして分析するという手法のおかげで、本当に「いっしょにやらないか」とよく声がかかるんです。

 

石垣島で見つかった旧石器時代の人骨のデジタル復元を行う調査にも参加させてもらい、いまはそれにかかりきり。デジタル復元だけでなく現地の発掘調査にも参加しました。


ロズリン:現地調査は楽しそうですね!

 

河 野 :はい! 大好きです。
でも、石垣島では、立ち上がれば綺麗な海が見えるんだけど、しゃがんで土を掘っているので、見ているのは地面ばかりという状況なんですが(笑)。

 

 

ロズリン:お仕事では学生の指導をされることもありますか。


河 野 :いままでは博物館での仕事だったので、学生指導はしていませんでした。上野の展示場で来館者に話をする仕事はありましたが。
ただ、この4月から慶應大学の文学部に移り、そこで教養課程の授業を受け持つようになりました。また将来的には考古学専攻の学生の指導に携わる機会もあるかもしれません。


ロズリン:研究は続けていくんですか。

 

河 野 :はい。講義以外の時間には研究もできるので、前期の講義を終えて落ち着いたら、始めようと思っています。

夏季休暇など長い休みには、ぜひ現地調査にも行きたいですね。

 

 

 

業界内では「お!」と驚かれる発見も?

 

ロズリン:歯の研究では、いまはどんなテーマが旬なんですか?

 

河 野 :人類の進化における歯の研究は、業界全体で一段落している感じなんです。歯の大きさもエナメル質の厚さも、人類かそうでないかの明確な指標にはならないということになっていて。

 

これ以上のことは、遺伝子レベルに踏み込まないとわからないのですが、それはいまの時点ではまだそれほど簡単ではないね、と。

 

ロズリン:そうなんですか。素人にはわからないことばかりですね。
長い研究生活の中で、何か大きな発見はありましたか?

 

 

 

河 野 :私がしているのは、何かを見つけるものではないので。あっと世界が驚くような発見というのは、ありませんね。

 

ロズリン:でも変わった歯とか、あるはずのないものがあったとか。

 

河 野 :うーん。何か不思議なものを持ってはいて、調べてみようというのはあるにはあるんですけど、一般の人が驚くようなものではないですね。業界内では、「お!」と思われるかもしれないですが。

 

 

 

きれいな骨なら怖くない

 

ロズリン:歯の研究をしていると、人間の頭蓋骨にも多く触れる機会がありますよね。ちょっと気味悪いと思うことはないですか。

 

河 野 :人にもよるし、慣れもあるけど、私の場合はきれいに骨になってたら怖くないです。

でも時々、毛がピロッとついていることがあって。そんなときは、ちょっとゾッとしますね。

 

あと、歯の治療痕や病気の影響を受けている骨なども苦手です。

要するに、生きている人間だったときのことを彷彿とさせる何かがあると怖い。

 

ロズリン:なるほど。たしかにそうかもしれませんね。

今日は興味深いお話をどうもありがとうございました。

 

 

<インタビュー感想>

 

人の歯に関わる仕事に携わりながら、かたや遥か過去に遡り、人間の進化の過程において、歯にもどのような変化が起こったのか、その謎に迫る研究をされている河野さん。

それに対して歯の修復や再生など、その未来を見つめ、これからの進化に関わる可能性のある研究に取り組むサンギ。

同じ歯でつながりながらも、全く向かう方向が異なりますが、壮大な時の流れを感じるお話は、ロマンがありとても面白かったです。

4月からは大学で授業を受け持っているそうですが、先生の新たな成果も楽しみにしています!

 

 


慶應大学文学部 准教授 河野 礼子さん 前編

 

元・国立科学博物館の研究員で、4月から慶應大学文学部の自然科学分野で教鞭をとっている河野礼子さん。

歯の化石から探る人類の進化という壮大な研究に取り組んでいます。

 

 

何百万年も前の歯が残っている

 

ロズリン:「人類の進化における歯」が研究テーマと聞きました。

 

河 野 :はい。進化の過程で大臼歯の形やエナメル質の厚さが、なぜどのように変わってきたのかについてです。

化石人類や化石類人猿のことを理解するために、現生のヒトや類人猿についても調べてきました。

 

 人の歯の構造

 

 

ロズリン:化石とは興味深いですね! 歯の化石はいちばん古いものでどのくらいですか。何万年、何百万年?

 

河 野 :歯一本だけなら、かなり古くからありますよ。ヒトの歯ということでは、猿人ですが、600〜700万年前のものが出ていますね。

 

動物の歯にまで範囲を広げれば、それこそ恐竜の時代からも出てきています。また、何をもって歯というかという問題もあって、魚の鱗のようなものから歯に進化したというあたりまで遡れば、5億年以上前にもさかのぼれるかもしれません。

 

■類人猿:人類に近く、特殊化が進んだゴリラやチンパンジーなど。
■猿 人:サルに似た人類で、狩りをし、火を使っていた。

 

 

ロズリン:そんなに古いものでも残っているのですね!

 

河 野:歯や骨は、環境が許せばかなり長く残ります。
ただ日本は残りにくいです。というのも、日本には火山が多く、しかもこの火山灰が酸性なんですが、そういう条件下では溶けてしまうので。

 

縄文時代になると貝塚を作るようになり、貝のカルシウムでその辺りの土壌が中和されるので、残りやすくなります。
弥生時代になると貝塚は作らなくなるのですが、土器のお棺を作りその中に埋葬されて残る場合がありますね。

 

 研究室に並んだ、歯の模型

 

 

 

なりゆきで始めた歯の研究

 

ロズリン:この分野に入るきっかけは何だったのですか。

 

河 野 :なりゆきです(笑)。大学では植物学の研究室に進んだんですが、どうも性に合わない。
そんなとき、隣の研究室の先生が「アルディピテクス」という初期の猿人(のちの人類につながるグループ)の研究をしていて、「ネイチャー」という国際的な総合科学雑誌に論文を出しているのを読んで、面白そうだなとミーハー根性で訪ねて行ったんですね。

 

「何かやることありますか」と聞いたら、「アルディピテクスの歯のエナメル質の研究をしてみないか」と言われて。
それまでの研究で、“人類はエナメル質が厚い”と言われていたので、歯を調べることで、アルディピテクスが人類であることをはっきりと示したいと思っていたそうです。
しかし、なかなか時間がとれずにいたところに私が訪ねて行ったので、これ幸いと(笑)。ほら、すごいなりゆきでしょう。

 

 

 

ロズリン:やってみたら、面白かった?

 

河 野 :はい。エナメル質の厚さを測るために、最初はレーザースキャナーで、次はマイクロCTを使ってと、研究方法を探ることにかなり時間がかかりました。いろいろな方法を試して、工夫して。それが性に合ったみたいです。

 

いまは歯の標本をX線CT装置で丸ごと撮影し、三次元デジタルデータとして分析しています。エナメル質と内側の象牙質の境界面の形は、
外からは見えませんが、この装置でどんな形かわかるように再現することができます。

この手法を身に付けたことで、いろいろな研究チームからお声をかけていただき、研究の幅が広がりました。

 

ロズリン:人類のエナメル質が厚いというのは、何と比べているんですか? 他の動物全般?

 

河 野 :類人猿です。チンパンジーやゴリラなどと比べて、厚いんです。
 

 

歯表面を覆うエナメル質のX線CT装置による三次元画像

 

 

ロズリン:犬や猫、馬などと比べると?

 

河 野 :肉食や草食といった食性が異なる動物とは歯の構造が違うので、比較はむずかしいんです。肉食は、尖った歯に薄いエナメル質がついていて、ハサミのように肉を切る。草食は葉っぱの繊維をすりつぶすために、洗濯板みたいに薄いエナメル質が縦に並んでいます。

 


大昔からあったむし歯

 

ロズリン:ところで、むし歯はどのくらい前からあるんですか。大昔はなかったとか、自然界の動物にはない、と聞きますが。

 

河 野 :昔の人にむし歯が少ない理由は大きく2つあります。
一つは、糖分などむし歯になりやすい食べ物を食べないから。
もう一つは、硬いものを食べていて、歯がすり減るのが早いから。
そうすると、むし歯をつくる菌がついて歯が腐蝕を始めてもそこが自然に削れてしまうんです。

 

いまは食生活が変わり歯がなかなかすり減らないので、いったんむし歯菌に取り憑かれると確実にやられてしまいます。
 

 

ロズリン:発見された中で、いちばん古いむし歯は?

 

河 野 :人類の祖先である猿人の化石にもむし歯が見られるという話もあります。

また中国に200〜30万年前までいた、いまは絶滅している「ギガンドピテクス」という大きな類人猿にもありました。何を食べていたかはわからないんですが、すごい大きな歯を持っています。


 

お話は後編へと続きます、お楽しみに。
 

 


日本女子プロ将棋協会 10周年

プロ棋士の佐藤天彦名人が、コンピュータ用将棋ソフトの「PONANZA」に完敗したという、ニュースが報じられました。

ご覧になった方もいたのでは?コンピュータが名人に勝つなんて、これまでは考えられなかったことです。

様々な分野でAIが活用される時代になり、少し今後の不安を感じましたが、人間しかできないこと、人間だからこそできることは、これからも残ると信じたいです。

 

サンギはこれまで、女流棋士がつくった団体「公益社団法人日本女子プロ将棋協会」(略名LPSA)の趣旨に賛同し同協会の開催するイベントに、協賛させていただきました。設立当初からのお付き合いで、なんと今年で10年という節目を迎えられました。

本当におめでとうございます!!

 

日本の伝統文化である将棋は「男性」のイメージが強く、これまで馴染みの薄かった女性達にも広めようと、たとえば子供用の将棋教室や、お茶やお酒を飲みながら楽しく将棋をする“カフェ将棋”などといったような、ユニークなイベントを実施されてきました。

 

ワインを飲みながら将棋を楽しむイベント

 

サンギは、同協会のアマチュア女性の方々が参加する女子アマ団体戦や、子供の参加するキッズ団体戦に協賛しています。嬉しいことに、参加される人数も年々増えています。

 

そして先日、10周年記念パーティに会長と出席させていただきました。

 

 

右から代表理事の中倉宏美さん、私、中倉彰子さん

 

右は日本将棋連盟の会長 佐藤康光氏、中央はサンギ会長

 

協会のマスコットも登場していました

 

 

女流棋士の皆さんは全員お着物、さすが素晴らし着こなしでした!

 

 

サンギ会長もこの10年を振り返り、お祝のスピーチをさせていただきました。

 

 

以前このブログでインタビューさせていただいた、ソムリエ資格もお持ちの船戸女流棋士も綺麗!

 

2020年は東京オリンピック。

海外からのお客様もたくさん訪れることが予想されます。

日本の文化を外国の方々にお伝えするには良い機会!これからもサンギはLPSAの将棋を広める活動を応援していきたいです。

 

 

 


アマナデジタルイメージング ハイドロイド 谷合孝志さん 後編

 

昨年11月にサンギが新たにWEBで公開した映像のCGを制作いただいた螢▲泪淵妊献織襯ぅ瓠璽献鵐 ハイドロイドの取締役 谷合孝志さん の後編です。

 

 

ハイドロイドを設立

 

ロズリン:ハイドロイドは、創立何年めですか。

 

谷 合:7年目になります。

撮影できないものを3DCGや手描きでリアルに表現していたのがハイドロイドの前身で、その後、サイエンスに特化してハイドロイドとして設立し、主に見えないものや知識の可視化をする仕事をしています。

 

ロズリン:ユニーク名前ですね。

 

谷 合:造語なんです。ハイドロは「水」。オイドは、アンドロイドやヒューマノイドなどに使われる言葉で、「のようなもの」の意。ドロイドは「特化したロボット」の意。

この3つを合わせて、専門的なことに水のように柔軟に対応する、という意味を込めました。

 

 

ロズリン:素敵ですね。今はスタッフは何名いるんですか。

 

谷 合:ハイドロイドは11名、会社全体では110名です。サイエンスの営業スペシャリストのほか、デザイン・工学系、生化学のプロなど、

専門的な知識を持った人がいます。

それぞれ専門分野がありますが、マルチで仕事ができ、いい意味でオタクなメンバーが集まった。こういう会社はあまりないと思いますね。

 

今は医学系のオーダーが多く、人体のCG化がとても多いです。細胞、内臓、血管の中、がんの発生の仕組みなどです。

 

ロズリン:私が病理を勉強していた時に、一番驚いたのは、人体の中の美しさです。

細胞レベルで見ると、たとえば腸壁の繊毛は山の森林のように見えて、本当に美しいんです。

 

谷 合:それはそう感じられるロズリンさんの感性が素晴らしいですね。

 

 

 

ロズリン:最先端のお仕事をしていて、何が特に難しいですか?

 

谷 合:そうですね。もちろん毎回知識的なことは難しいですが、それよりコミュ二ケーションですね。

目に見えないものや実際にないものを可視化することが仕事なので、自分たちの頭の中にある知識やイメージをきちんと人に伝えないといけないです。

それがとても大切であり、我々の姿勢でもあり、一番難しいことだと思っています。

 

 

 

五感を可視化し、新しい価値観を創造したい

 

ロズリン:これから取り組みたいことは?

 

谷 合:すでに進行中ですが、たとえば音の可視化。音がどのように空間を進んでいるのか、音がどのように耳に届くのか、目で見えるように表現したいと思っています。

 

それから、味覚の可視化。味覚は五味といって、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味があり、そのバランスをレーダーチャートで表すことはよくあります。

でも我々は、味の立ちあがり、たとえば、最初は甘くてだんだん辛くなるなど、味が立ち上がる様や時間軸などを立体で表現しています。

 

そのほかにも匂いとか痛みなど、五感を人に伝わるように表現する技術は、これからどんどん重要になってくると思うんですね。

それは万国共通のものだし、それに伴って新しい価値観が生まれてくると思います。

 

ロズリン:鳥のコミュニケーションやイルカやクジラのコミュニケーション。

私たちが感じ取れない動物の感覚なども、わかるようになりますか?

 

 

 

谷 合:あると思います。いずれ謎が解けたらいいですね。

 

ロズリン:目に見えないものを目で見えるようにする……素晴らしいですね。

いずれ五感だけでなく、心や魂で感じていることも可視化できる時代が来るかもしれませんね。

 

谷 合:そうですね。瞑想して悟りを開くとか、第六感とか、目には見えないけれど何か時間や空間を超えて生じている現象があるかもしれません。

 

ロズリン:たとえば、友達から、外国にいるお母さんが亡くなったとき、その瞬間にわかった、といった話も聞いています。いわゆる虫の知らせ。

 

谷 合:たまたま僕らが感じていないだけで、何かはあるのでしょうね。

 

 

ロズリン:こういう機械があったらいいなどありますか? たとえばドラえもんのポケットみたいな(笑)。

 

谷 合:う〜ん(笑)。ドラえもんのポケットはすごいけど、たのしみはとっておきたいですね。

 

そういう意味で、感動したのはやはりiPhoneですね。

これがあれば家にコンピューターはいらないし、ボタン一つで子供でもすぐ使い方がわかります。

 

 

アップル社のスティーブ・ジョブズ氏は毎日手の中でiPhoneをもって、どうすれば使いやすいかずっと試行錯誤していたそうですが、あれこそひとに寄り添った最高のテクノロジーだと思っています。

 

ロズリン:そうそう。私もiPhoneがないとやっていけません。

 

 

 

御柱祭りに血が騒ぐ

 

ロズリン:忙しい毎日だと思いますが、お仕事を離れてのリラックスタイムは何をされていますか。

 

谷 合:料理が好きでよく作ります。冷蔵庫の中の材料を見て、あるものだけで作るのが、クリエイティブな作業となり、リラックスできますね。

 

 

ロズリン:そのほかに趣味は?

 

谷 合:趣味とは違いますが、祭りが好きなんです。

地元の諏訪には御柱という日本三大祭りの一つがあって、7年に一度の開催なんですが、小さい頃から参加しています。

寅年と申年にやるので、去年も行ってきました。

 

ロズリン:どんなお祭りですか。

 

谷 合:大きな柱状の木に何人もの人がまたがり、それを山から滑り落とすという非常に珍しい激しい祭りです。

でも諏訪の男は、この祭りが大好きなんです。僕も諏訪の男なので血が騒ぎます。

 

 

ロズリン:まあ、怖い。谷合さんも乗るんですか?

 

谷 合:乗りたいとは思いますが、柱に乗る人は祭りへの深い関わりがありますから、僕は「長持ち」という役割で、200キロ以上ある岡持ちのようなものを3人で担いで練り歩きます。この時の木のしなる音と重さがからだに染み付いています。

 

〈静と動〉。派手なところがニュースになりますが、実は祭りは6年間、奥山で神木を見極め、伐採から里へ下ろすまでの間、山中で静かに祀られ時を待ちます。

 

写真右が、谷合さん

 

練り歩きの様子

 

 

ロズリン:大変なお祭りですね!

 

谷 合:山中での木遣り唄もすばらしいです、みなの心を一つにする力がありますね。

いつも力をもらっています。

 

ロズリン:谷合さんの熱いチャレンジ精神は、諏訪の男の血なんですね。

今日は楽しいお話をどうもありがとうございました。

 

 

 

 

<インタビュー感想>

 人の目に見えているものは、実際ほんのわずか。

 今は見えていないもの全てを可視化することができたら、世界はいったいどんな風に私達の目に映るのか。

 谷合さんのお話しから、その未来にワクワクしてしまいました。

 

 テクノロジーの進化をチャンスと捉え、常にご自身も成長し、お仕事の幅を広げてきた谷合さん。

 今度はどんな素晴らしい表現を生み出してくれるのか、そのご活躍が楽しみです!

 

 

 


アパガードディープケア

サンギが10年の開発期間を経て、この春に新発売した「アパガードディープケア」。

この商品は、もうお試しいただけましたか?

「歯にもトリートメント」という、全く新しいオーラルケア習慣を提案した商品です。

 

髪でいえばシャンプー後にトリートメント、肌なら洗顔後に化粧水や美容液。

まずきれいにしてから栄養を与える。つまり成分を補給する。

ならば歯にも、通常の歯みがき後にトリートメントをプラスしませんか?

我々はそう考えたのです。

 

医薬部外品、液体歯みがき剤

 

 

白く濃密でトロリとしたテクスチャーは、口に含むと歯と歯の間などすみずみまでいきわたり、サンギ独自のむし歯予防成分「薬用ハイドロキシアパタイト」が、歯の美しい白さのカギとなる“エナメル質”に働きかけます!

エナメル質を修復する作用(歯垢の吸着除去、ミクロの傷を埋める、ミネラル欠損部の再石灰化)は、今までと同じくもちろん!

アパガード製品は歯本来の白さへと導きます。

 

そしてこの度、アパガードディープケアの素敵なコンセプトムービーが完成し、WEBサイトで公開中です。

 

 

 

是非こちらからご覧ください!!

アパガードディープケアURL:http://www.apagard.com/deepcare/

 

夜の普通の歯みがき後、または余裕のあるときに、ぜひ歯にもトリートメントを。

歯も喜ぶし、新しい体験ができるはずです。

 

 

 


アマナデジタルイメージング ハイドロイド 谷合孝志さん 前編

 

今回は、サンギが昨年11月に新たにWEBで公開した映像のCGを制作いただいた、螢▲泪淵妊献織襯ぅ瓠璽献鵐 ハイドロイドの取締役 谷合孝志さんに登場いただきます。

その最先端のテクノロジーを駆使したお仕事の話と、これまでのご自身の歩みなどをじっくり語っていただきました。

 

 

見えないものを可視化する

 

ロズリン:今回の制作にあたっては、私の要求が厳しく、難しいお仕事だったと思いますが、よく引き受けてくださいました。

 

谷 合:こちらこそ楽しかったです。

うちの会社は、CGを中心としたビジュアル制作会社です。

 

その中で、ハイドロイドは見えないものを正確に可視化することに力を注ぎ、探求心の強い社員が多いので、サンギさんならではの素晴らしい技術、薬用ハイドロキシアパタイトがどういうものか、歯の再石灰化の様子などをいかにわかりやすく伝えるかを使命とし、がんばりました。

 

ロズリン:サンギは世界で初めて、歯や骨の主成分である「ハイドロキシアパタイト」を歯みがき剤に配合し、特許をいくつもとりましたが、現在その技術が世界中に広がり、会社によっては自分たちが開発したようにうたっているところもあります。

 

動画を作るにあたり、私たちがパイオニアであるという証拠になるような、どこにもない科学的なアプローチのものにしたかった。

 

もともと顕微鏡で見ているような感じをイメージしていたんですが、御社で作っている、細胞や血流の様子、またガンの発生の仕組みなどのCGを見せていただいたら、すごく見事で。

 

イメージ以上の動画に仕上げていただき、本当に感謝しています。

おかげさまで、海外を含むいろいろなところで褒められます。

 

 

制作いただいた動画「歯にもミネラル補給:薬用ハイドロキシアパタイト」、映像の一部

http://www.apagard.com/about/history/movie/index.html

 

 

谷 合:そんなに喜んでいただくと、こちらもうれしいです。ありがとうございます。

 

ロズリン:私は獣医の資格を持っていますが、医学を学ぶためには動物の解剖をしなければなりません。

このCGの技術が進めば、動物を犠牲にせずにすむのではないかと期待しています。

 

谷 合:そういう意味ではいい方向に向かっていることは間違いありません。

手術をするときに、あらかじめその人の体内臓器のデータを3Dプリンターで作成し、まったく同じ形状のものを作ることができるようになりました。

 

今まで手探りでやっていた手術も、事前に術式を検証でき、どこに病巣があるかもわかる。手術の成功率がぐっと上がるんです。

 

 

 

ロズリン:でもそのモデル制作には時間とお金がかかるんですよね?

 

谷 合:CTやMRからの取得データから10〜24時間くらいでしょうか。

解析や3Dプリンターのスピードはかなり早くなっていますから、近い未来にはさらに普及すると思います。

保険適用範囲も広がっていますから。

 

ロズリン:それなら私もやってみたいですね。

 

 

 

音楽やデザインの勉強を経て

 

ロズリン: 谷合さんの会社は、そういったビジュアル制作技術のパイオニアだと思いますが、ご自身はいつからこの世界に入ったのですか。

 

谷 合:学生時代は、自分がこういう業界で仕事をするようになるとは思ってませんでした。科学や音楽、デザインなどに興味がありましたね。

あらためて考えてみると、時代時代でやってきたことは違うけれど、根本は変わっていないのかな。

 

ロズリン:学生時代、打ち込んでいたことは?

 

谷 合:テニスをしていました。いまでも続けていて、コートに立たないと調子が悪いです。

音楽も好きだったのでバンドを作り、当時70年代はフォーク全盛だったので僕もフォークギターを弾いて、歌っていました(笑)。

 

 

ロズリン:卒業後は?

 

谷 合:工学系の学校だったので、地元の精密機械の加工会社に入りました。

当時はまだめずらしかったマシニングセンタのプログラミングと細かい手加工をしていました。

 

でもファッションデザインの勉強がしたくなり、会社を辞めて上京し、バンタンデザインで3年間学びます。

実は、ひそかにミュージシャンになりたいという夢もあったんです(笑)。

 

ロズリン:とても素敵じゃないですか。

 

谷 合:学校を出た後、地元に帰り、島精機製作所という会社の織機を使って、コンピュータのプログラムを使ったニットを作りはじめました。

 

手織りではできないような、細かい模様ができるようになり、ジャカードでプリーツの服を作り東京で展示会を開いたところ、私の作品を見た山本寛斎の部長さんに声をかけていただいたんです。

 

言わずと知れた世界的なデザイナー。

当時フリーだったので、それから1週間後、寛斎さんの会社に入れていただきました。

当時、DCブランド全盛のいちばんいい時代。寛斎さんの考え方やもの作り、人柄に触れられ、とてもいい経験になったと思います。

 

 

 

画像加工の仕事で独立

 

ロズリン:素晴らしい出会いでしたね。

そこから次のステップへはどのようなきっかけで?

 

谷 合:島精機のニットを編む機械のプログラミングで、升目を埋める作業がどんどん細かくなって、今のフォトショップと同じようなものを作れるようになったんです。

 

そこで、この機械を使いニットを作るよりも、写真などの画像処理をしようと。

たとえば、写真に写り込んだ邪魔な電線を消すだけで20万円という時代です。もとの機械は5千万円という時代ですけどね。

これを仕事にしようと、35歳で独立し再び上京しました。

 

電線を消すだけではなく、画像の合成、女性の肌のレタッチなど、そういうことができるようになったのです。

 

 

ロズリン:お客さんのあてはあったんですか。

 

谷 合:よくぞ聞いてくださいました(笑)。まったくなくて、最初の1年間は営業ばかりしていました。300件電話をかけても、興味を持ってくれる人はゼロ。

まだ世の中にこういう仕事をしている人がいなかったので、なかなか理解されなかった。

 

営業の一方、プレゼンテーション用の作品をたくさん作っていましたが、その頃は貧乏でしたね。米だけあればいい、みたいな状況で(笑)。

 

2年目から徐々に仕事が入り始め、ソニーコンピュータのロゴデザインをさせていただいたあたりから、どんどん仕事が広がっていきました。

 

ロズリン:提供されていた技術は、MACのフォトショップ登場など、テクノロジーが進歩していくと、特別な技術ではなくなる。

へこみませんでしたか?

 

 

 

 

谷 合:不思議となかったですね。今まで得たものも大きく、自分も進化していたと思います。

そこにこだわっていたら、今の自分はなかったと思っています。

 

ロズリン:その頃、スタッフは?

 

谷 合:一人の時代が長かったですね。

その後、5名ぐらいの会社を作り、若かったので様々な、トライ&エラーを繰り返したことが血肉となったと思います。

 

ロズリン:どんなトライ&エラーを?

 

谷 合:本当にいろいろですが、当時パートナーと一緒に海外ファッションブランドの日本展開や、ゴルフ場のプランニングなど。

 

まったくの専門外。手探りのゼロ状態から始めましたが、専門分野は各専門家に任せられること、俯瞰でみることの大切さ、いろいろな分野の方々と組んで仕事をし、チームで仕事をすることの良さも知りました。

 

人がいる分だけ世界が広がりますよね。

 

 

ロズリン:私はそれを映画の世界に感じます。最後に流れるクレジットを見ていると数百人の名前が出て、いつもすごいなぁと思います。

 

谷 合:最近は両極端です。今や機材が発達し、一人でも映画を作ることができるんですよ。

昨年すごくはやったアニメ「君の名は」の監督は、その前々・前作では、ほぼ一人で制作しているとか。

 

ロズリン:そんなことができるんですか。すごい時代になりましたね。

    

 

引き続き、後編でお話しをお聞かせください。

 

 

 


IADR サンフランシスコ

 

久しぶりのブログです。

新年になって本当に忙しかったです。

 

少し前のことになりますが、アメリカへ出張して、今年の「国際歯学研究学会(IADR)」に参加したのです。

 

毎年開催されるIADRは、2年ごとにアメリカの地で行われます。今年はサンフランシスコでした。

今回サンギの研究員の研究発表はなかったですが、サンギのための臨床研究を行っていただいているアメリカの先生の発表があって、またその他新しい発表や情報収集を行う為に、サンギから数人で出向きました。

 

 

なおこの出張を機会にメンバーとは別にアメリカに少し早く入国し、現地で暮らす古くからの友人を訪ねることができました!

 

そして友人のはからいで、初めてのグランドキャニオンに!!

セドナという町から6時間往復のバス旅行で近づきましたが、現地に着いたらヘリコプターのチャーターで、上空から見物して、すごかったです。

 

 

 

オーストラリアにもエアーズロックという山がありますが、グランドキャニオンは

たくさんの岩山がそびえ立ち、その景色はとても雄大で、本当に感動しました!

 

 

実はIADRのおかげで、これまでに世界の三大瀑布、ビクトリアフォールズ(南アフリカ開催のとき)、ナイアガラ(カナダのトロントのとき)そして南米のイグアス(ブラジルのとき)を見ていますが、それに加えて今回はグランドキャニオンを見ることができました。

 

出張ではありましたが、少しリフレッシュすることもでき、本当によかったです。

 

 



Profile

日本で人生の半分以上を暮らし、動物(特にネコ)と自然、最近はゴルフも愛する、心優しきオーストラリア人。
ワインなら何杯でも?いける口です♪

Categories

Search

Calendar

     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>

LINK

Archives

Others

Mobile

qrcode